埼玉県川越市のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1. はじめに
川越市においても、近年、分譲マンションの高経年化が急速に進んでいます。2021年(令和3年)時点で、市内には489棟・19,994戸の分譲マンションが存在しており、市民の住環境を支える重要な住宅ストックの一つとなっています。
しかし、こうした住宅の老朽化に加え、管理組合の担い手不足、総会の形骸化、空室や賃貸化の進行など、管理不全を引き起こしかねないリスクが各所で顕在化し始めています。
こうした現状を受けて、川越市は2023年度(令和5年)、「マンション管理適正化推進計画」を策定しました。この計画は、2020年のマンション管理適正化法の改正を背景に、国の基本方針を踏まえた上で、市としての支援体制を具体的に整備したものです。
本記事では、川越市のマンション管理の実態と課題を整理しながら、管理士が現場でどのように支援していくべきかを明らかにすることを目的としています。管理士に求められる「課題解決型支援」のあり方を、川越市の実情に即して考察していきます。
2. 市内分譲マンションの実態
川越市のマンションストック状況
川越市の分譲マンションは市内の主要駅周辺や幹線道路沿いを中心に分布し、比較的中小規模の物件が多い傾向にあります。2021年時点で、市内のマンションは以下の通りです。
- 棟数:489棟
- 戸数:19,994戸
とくに注目すべきは、築年数の構成比です。調査によれば、築年別の内訳は以下の通りとなっています。
- 築10年未満:4.3%
- 築10年以上20年未満:19.4%
- 築20年以上30年未満:30.5%
- 築30年以上40年未満:32.5%
- 築40年以上:13.3%
このように、築20年以上が全体の76.3%を占めており、川越市のマンションはすでに高経年化フェーズに入っていることが分かります。さらに、今後10年・20年後には、築40年以上の物件が3.5倍・6倍に増加すると予測されており、早急な対応が求められます。
建物構造としては、鉄筋コンクリート造(RC造)・鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)がほとんどを占めており、一定の耐久性はありますが、計画的な修繕がなされなければ機能劣化や事故のリスクが高まります。
また、立地条件や築年数によっては空室率や賃貸化率が高まる傾向も見られており、管理体制の継続性を脅かす要因となっています。
アンケートから見る管理組合の現状
川越市は2021年度に「分譲マンション実態調査」を実施し、対象311団体中、156団体からの有効回答を得ました。この調査により、市内管理組合の運営状況や抱える課題が浮き彫りとなりました。
管理体制の整備状況:
- 管理組合設置率:96.8%
- 管理者選任率:88.5%
- 総会開催率(年1回以上):92.3%
- 管理規約作成率:97.4%
- うち「標準管理規約」準拠:49.4%
一見すると、制度整備は概ね進んでいるように見えますが、内容が旧態依然としている規約や、実効性を伴わない総会運営など、内実には大きなばらつきがあることが指摘されています。
住民構成の変化・高齢化と空室化:
- 高齢者のみの世帯割合(全体):21.3%
- 高齢者のみの世帯割合(築40年以上):42.3%
- 空室率(全体):2.6%
- 空室率(築40年以上):7.6%
- 賃貸化率(全体):12.8%
- 賃貸化率(築40年以上):21.0%
築年数の経過とともに、高齢化・空室化・賃貸化が進み、管理組合の意思決定や修繕合意の形成が難しくなる構造的課題が浮き彫りとなっています。
防災対策の取り組み状況:
- 防災に関する取り組みを実施:57.1%
- 防災訓練:54団体
- 情報の周知:31団体
- 災害用備蓄:22団体
防災対策に取り組む管理組合は半数以上あるものの、約4割の団体が何も実施していない現状も確認されており、災害時の対応力に課題を抱えていることが明らかとなりました。
以上のように、川越市における分譲マンションは、高経年化と住民構成の変化が重なり、管理組合の運営力に大きな揺らぎが生じています。このような状況において、マンション管理士による現場支援のニーズは今後さらに高まっていくことが予測されます。
3. 長期修繕計画と資金計画の実態
マンションの適正な維持管理には、長期修繕計画の策定と資金計画の両輪が欠かせません。川越市が行った実態調査では、これらの整備状況について以下のような結果が示されました。
長期修繕計画の策定率
調査に回答した156団体のうち、長期修繕計画を策定している団体は82.1%(142団体)と高い水準に達しています。一見すると多くのマンションが将来を見据えた維持管理を行っているように見えますが、内容の妥当性や定期的な見直し状況を見ると、課題が浮かび上がります。
- 策定後10年以上見直しなし:27.5%(39/142)
- 修繕周期が適正でない可能性あり:約3割
- 資金計画と乖離していると感じている:43.7%
このように、長期修繕計画は形として存在していても、運用面では実効性を欠いている事例が多く、特に見直しが長期間行われていない計画は、もはや現状に即していない恐れがあります。
修繕積立金の計画・運用の課題
修繕積立金の設定および運用については、次のような実態が明らかになりました。
- 計画的に積立を行っていると回答:89.1%
- 積立金が将来的に不足する見込みあり:48.1%
- 積立金の増額を実施したことがある:34.0%
- 区分所有者間で増額合意が難しいと感じている:58.9%
修繕積立金の額が適切でない場合、計画された修繕が実施できないばかりか、建物の価値下落を招く危険性があります。にもかかわらず、増額に対する心理的・経済的抵抗感から、合意形成が困難であるという課題が表面化しています。
また、「修繕工事の実施にあたって、一時金徴収や借入を検討している」という団体もあり、資金調達の選択肢を広げながらも、根本的な資金計画の見直しが必要とされる局面に差し掛かっています。
4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
マンション管理の実態を捉えるうえで重要なのが、管理不全状態に陥っている、あるいはそのリスクが高い物件の存在です。川越市の調査では、一定数の団体において、管理活動の停滞や実質的な不在が確認されました。
活動停滞、管理不在組合の現状
- 管理者がいない、または役割を果たしていない:11.5%(18/156)
- 総会が開かれていない(過去1年以上):7.7%(12/156)
- 理事会が機能していない:9.0%(14/156)
- 建物診断や修繕工事の実施経験なし:15.4%(24/156)
これらの団体の多くは、高経年マンションであり、かつ居住者の高齢化・非居住化(賃貸化)率が高いという共通点を持っています。
管理者が選任されていない場合、建物の修繕や会計処理、住民間の調整が行われず、いわゆる“空中管理”の状態に陥ることになります。これが続けば、建物の劣化だけでなく、法的トラブルや近隣への悪影響といった二次的問題へと発展するおそれもあります。
要支援マンションの抽出と課題
- 管理不全リスクが高いと判断される物件数:市の把握対象は一部に限られ、今後の調査・抽出が急務。
- 支援への接点づくりが困難な団体:居住者の高齢化、連絡先の不明瞭さ等から、外部との接点が薄い。
市の関与だけでは対応が追いつかず、外部専門家であるマンション管理士の役割が極めて重要になる段階に来ているといえます。特に、活動が停滞している団体に対しては、初動支援・実務サポート・住民間調整など、実践的な介入が求められています。
5. 川越市が用意する支援策と管理士の介入ポイント
川越市は、マンションの高経年化や管理不全の進行を受けて、2023年度に「マンション管理適正化推進計画」を策定しました。この計画は、国の基本方針を踏まえ、地方公共団体としての役割を果たすべく、段階的かつ現実的な支援策を提示しています。
情報提供・啓発の充実
まず、基本的な施策として、市はパンフレットやウェブサイトを通じた情報提供、啓発セミナーの開催などに取り組んでいます。これにより、マンションの所有者や管理組合に対し、「管理の重要性」や「法的義務」の認識を促すとともに、適正管理の第一歩を後押ししています。
- 管理組合向け啓発資料の配布
- 相談窓口の設置(電話・窓口・メール対応)
- 年数回のセミナー・講演会(テーマ例:修繕積立金、防災)
ただし、情報発信だけでは限界があり、実際に問題を抱える団体への個別対応が不可欠となっています。
調査・把握と重点支援への移行
市は、令和3年度に実施した実態調査を踏まえて、管理状況の客観的把握と支援対象の抽出を進めています。特に、管理者不在や活動実態のない団体に対しては、「要支援マンション」として段階的に支援を強化していく方針です。
この段階において、マンション管理士の専門的知見が重要な役割を果たします。以下は、主な介入ポイントです。
- 管理規約や長期修繕計画の診断と見直し支援
- 総会・理事会運営の実務アドバイス
- 区分所有者間の合意形成の補助
- 要支援マンションに対する初動対応(面談・現地調査)
市の施策は「制度の枠組み」を提示するに留まり、現場レベルでの実行力や調整力は、外部専門家に委ねられているのが実態です。したがって、管理士の活動フィールドは今後さらに広がると考えられます。
6. マンション管理士が果たすべき現場での役割
川越市におけるマンション管理の実態を踏まえると、管理士が果たすべき役割は、単なるアドバイザーにとどまらず、実践的な「課題解決者」としての存在感が求められます。
「制度説明」から「実務支援」への転換
従来の管理士業務は、規約や法制度の解説など「助言」に軸足が置かれていました。しかし、現在の川越市のように、担い手がいない、総会が開かれない、合意ができないという実情の中では、以下のような現場支援型のアプローチがより重要となります。
- 総会の開催・運営に直接的に関与(資料作成支援、議事録作成など)
- 修繕積立金の増額提案と合意形成のサポート
- 修繕工事に関する発注・選定の助言
- マンション内の利害調整・住民間対話の促進
とくに、高齢化や賃貸化が進む団地型マンションでは、声を上げる人がいないという「静かな危機」が潜んでおり、管理士がファシリテーターとなって住民の声を引き出す支援が求められます。
地域とのネットワーク構築と「チーム支援」へ
また、管理士の役割は個別支援にとどまらず、地域行政・専門家・管理業者などとの連携を構築することにも及びます。たとえば、次のような連携体制が期待されます。
- 市役所との連携による「重点支援マンション」への訪問活動
- 弁護士・建築士など他専門家との合同チームでの対応
- 管理業者との協調による管理体制の再構築
このように、マンション管理士は単独ではなく、多職種連携のハブ的役割を担う存在として、川越市のマンション再生に貢献できる立場にあるといえます。
今後、川越市のマンションはますます複雑な課題を抱えていくと予想されます。管理士には、単なる技術的知識だけでなく、地域との関係構築力や住民理解、合意形成力といった「人間力」が強く求められる時代となっています。
