東京都中央区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに

東京都中央区は、全国でも有数のマンション集積地域であり、令和2年(2020年)の国勢調査では、全世帯の94.2%がマンションに居住しています。 これは、都心回帰の流れや利便性の高さから、多くの人々が中央区を居住地として選択している結果と言えるでしょう。

しかし、その一方で、区内のマンションストックは着実に高経年化が進んでいます。 令和4年(2022年)3月時点では、築40年以上のマンションが全体の18.3%を占めており、今後、老朽化に伴う様々な課題が顕在化することが懸念されます。

こうした状況を踏まえ、国は令和2年(2020年)に「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」を改正し、自治体が主体となってマンション管理の適正化を推進する体制を強化しました。 この法改正と、国が示す「マンションの管理の適正化の推進を図るための基本的な方針」を受け、中央区は令和5年(2023年)7月に「中央区マンション管理適正化推進計画」を策定しました。

この計画は、区内のマンション管理の実態を踏まえ、管理不全の防止や管理水準の向上、防災対策の強化などを目標に掲げ、具体的な施策を定めています。

この記事では、中央区におけるマンション管理の実態をデータに基づいて分析し、管理組合が抱える課題を明らかにします。 その上で、中央区が策定した推進計画の内容や支援策を踏まえ、現場で活動するマンション管理士が、今後どのように支援や介入を行うべきかを考察します。 マンション管理士として、地域における適正管理の担い手となるための実践的なヒントを提供することを目的としています。

市内分譲マンションの実態

中央区のマンションストック状況

中央区におけるマンションの状況を、具体的なデータで見ていきましょう。

まず、前述の通り、中央区のマンション居住率は94.2%(令和2年国勢調査)と極めて高く、区民の生活基盤としてマンションが非常に重要な位置を占めていることがわかります。 階層別に見ると、11階建以上の高層マンションに居住する世帯が64.6%と、他の区と比較しても高い割合を示しており、中央区の都市景観の特徴とも言えます。

区内に存在する分譲マンションは、令和4年(2022年)3月時点で977棟と推計されています。 地域別に見ると、日本橋地域に約半数(48.4%)が集中しており、次いで京橋地域(34.9%)、月島地域(16.8%)の順となっています。

マンションの規模(住戸数)を見ると、30~49戸のマンションが最も多く35.3%を占めていますが、比較的小規模な20戸未満(8.3%)や20~29戸(17.1%)も一定数存在する一方、100戸以上の大規模マンションも合計で10.7%(100~199戸:6.7%、200戸以上:4.0%)存在し、多様な規模のマンションが混在しています。

建物の築年数に目を向けると、築19年以下の比較的新しいマンションが全体の51.5%(5年未満:6.8%、5~9年:12.6%、10~19年:32.1%)と半数を占めています。 これは、近年の活発なマンション供給を反映した結果と言えます。

しかし、その一方で、築40年以上のいわゆる高経年マンションが18.3%、築30~39年のマンションも7.3%存在します。 今後、これらのマンションがさらに経年数を重ねていくことを考えると、維持管理や修繕、さらには将来的な建替えといった課題への対応がますます重要になってきます。 中央区の予測では、築45年以上のマンションは、10年後(令和13年)には現在の約4.3倍、20年後(令和23年)には約5.1倍、30年後(令和33年)には約12.5倍に増加すると見込まれており、高経年化への対策は喫緊の課題です。

建物の階数については、10階以上のマンションが全体の78.3%(10~14階:71.0%、15~19階:3.7%、20~29階:2.4%、30階以上:1.0%)を占めており、高層マンションが多いことが改めて確認できます。

アンケートから見る管理組合の現状

次に、マンション管理の主体である管理組合の運営状況について、東京都が実施している「管理状況届出制度」(昭和58年以前築のマンション対象)のデータから見ていきます。

中央区内の対象マンション(有効回答数:180)における基本的な管理状況は以下の通りです。

  • 管理組合がある: 97.2%
  • 管理者がいる: 97.8%
  • 管理規約がある: 98.3%
  • 総会を年1回以上開催している: 95.0%
  • 管理費の徴収がある: 99.4%
  • 修繕積立金がある: 98.3%

これらの数値は、東京都全体や23区全体の平均と比較しても同程度か、やや高い水準にあり、多くのマンションで管理組合が設立され、基本的な運営が行われていることがうかがえます。

アンケートからわかる課題

しかし、基本的な運営が行われている一方で、より詳細なアンケート調査(平成28年度 中央区 分譲マンション実態調査)からは、管理組合が抱える具体的な課題も見えてきます。

マンションを良好に管理する上での課題(複数回答可、n=461)として挙げられた主な項目は以下の通りです。

  • 生活ルールを守らない: 39.9%
  • 管理組合の役員になってくれない: 32.8%
  • 管理について無関心: 29.5%
  • 組合員でない居住者の増加: 23.6%
  • 防犯面の心配: 19.7%
  • 建物や設備の不具合: 19.3%

「生活ルール」に関する課題が最も多いものの、次いで「役員のなり手不足」や「管理への無関心」といった、管理組合の運営基盤そのものに関わる課題が高い割合で挙げられています。 区分所有者の高齢化や賃貸化の進行、ライフスタイルの多様化などを背景に、管理組合活動への参加意欲の低下や、運営を担う人材の確保が難しくなっている状況がうかがえます。

これらの課題は、管理組合の機能低下を招き、ひいては管理不全へとつながるリスクをはらんでいます。 適切な維持管理や将来を見据えた修繕計画の実行、良好なコミュニティ形成のためには、区分所有者の管理への関心を高め、持続可能な管理組合運営体制を構築していくことが不可欠であり、ここにマンション管理士による専門的な支援の必要性が高まっていると言えるでしょう。

また、同調査では、専門家を活用したことがない管理組合が81.1%(n=488)にのぼっており、専門家の活用促進も課題の一つです。

3. 長期修繕計画と資金計画の実態

マンションの資産価値を維持し、快適な居住環境を長期にわたって確保するためには、計画的な修繕の実施が不可欠です。 その根幹となるのが、長期修繕計画とその裏付けとなる修繕積立金です。 ここでは、中央区における長期修繕計画と資金計画の実態について見ていきます。

長期修繕計画の策定率

東京都「管理状況届出制度」のデータ(昭和58年以前築のマンション対象)によると、中央区における長期修繕計画の策定率は以下の通りです。

  • 中央区(1983年以前築): 74.9%
  • 東京都全体(1983年以前築): 66.2%
  • 23区全体(1983年以前築): 63.1%

中央区の策定率は、東京都全体や23区の平均を上回っています。 これは、比較的新しいマンションが多いことや、管理意識が高い管理組合が一定数存在することを示唆しているかもしれません。

しかし、依然として約4分の1(25.1%)のマンションで長期修繕計画が策定されていないという事実は見過ごせません。 長期修繕計画がないということは、将来必要となる大規模な修繕工事に対して、場当たり的な対応とならざるを得ず、建物の劣化を進行させたり、居住者に急な一時金負担を強いたりするリスクを高めます。

また、同調査では、築後40年以上経過しているにも関わらず、大規模修繕工事を一度も実施したことがないマンションが14.4%存在することも明らかになっています。 長期修繕計画が策定されていても、それが適切に実行されていない、あるいは計画自体が存在しないために修繕が進んでいないケースがあると考えられます。

修繕積立金の計画・運用の課題

適切な長期修繕計画が存在していても、それを実行するための資金、すなわち修繕積立金が計画通りに積み立てられていなければ意味がありません。

平成28年度の中央区「分譲マンション実態調査」では、修繕積立金の根拠について尋ねています(n=543)。 その結果、「長期修繕計画に基づいている」と回答した管理組合は69.4%でした。

一方で、「管理費の一定割合」(5.0%)、「分譲時の設定金額」(20.3%)、「特に根拠はない」(5.3%)といった、長期修繕計画に基づかない根拠で積立金額が設定されているマンションが、合計で30.6%にものぼることがわかりました。

分譲時の設定金額が、必ずしもその後の物価上昇や建物の劣化状況を反映しているとは限りません。 また、管理費の一定割合や「特に根拠はない」という設定では、将来的な修繕費用を賄える保証はありません。 このように、約3割のマンションで、将来の修繕費用に対する積立金が不足するリスクを抱えている可能性があるのです。

国土交通省が示すガイドラインでは、長期修繕計画に基づいて必要な修繕積立金額を算出し、将来にわたって均等に積み立てていく方式(均等積立方式)が推奨されています。 計画に基づかない安易な積立金設定は、将来の資金不足や、修繕積立金の値上げに対する合意形成の困難さを招く可能性があります。 マンション管理士としては、管理組合に対して長期修繕計画の重要性と、それに基づいた適正な修繕積立金の設定・見直しを働きかけていくことが極めて重要です。

4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション

これまで見てきたように、中央区のマンションでは、役員のなり手不足や管理への無関心、長期修繕計画や修繕積立金の課題などが存在します。 これらの課題が深刻化すると、管理組合の機能が停止したり、必要な維持管理が行われなくなったりする「管理不全」の状態に陥るリスクがあります。

活動停滞、管理不在組合の現状

中央区の調査では、管理組合の状況を「管理不全の恐れのあるマンション」と「管理不全の兆候があるマンション」に分類して、その実態を把握しています。

「管理不全の恐れのあるマンション」とは、管理組合が存在しない、管理者がいない、総会が開催されない、管理規約がないなど、管理組合としての基本的な活動実態や仕組みが存在しない状態のマンションを指します。 中央区では、以下の棟数が該当すると推計されています。

  • 昭和58年(1983年)以前築:11棟 (調査回答母数に対する割合 6.1%)
  • 昭和59年(1984年)以降築:25棟 (調査回答母数に対する割合 5.9%)
  • 合計:36棟

これらのマンションでは、建物の維持管理はもちろん、区分所有者間の基本的なルール作りさえ行われていない可能性が高く、建物の老朽化やスラム化、地域への悪影響などが懸念される、極めて深刻な状態にあると言えます。

次に、「管理不全の兆候があるマンション」とは、管理費や修繕積立金が設定されていない、必要な大規模修繕工事が実施されていない、長期修繕計画が作成されていないなど、費用徴収や計画的な修繕に具体的な課題を抱えている状態のマンションです。 中央区では、以下の棟数が該当すると推計されています。

  • 昭和58年(1983年)以前築:53棟 (調査回答母数に対する割合 29.4%)
  • 昭和59年(1984年)以降築:40棟 (調査回答母数に対する割合 9.4%)
  • 合計:93棟

これらのマンションは、現時点では基本的な管理組合活動が行われているかもしれませんが、将来的に必要な修繕が実施できなくなるなど、管理不全に陥る一歩手前の状態にあると考えられます。

合計すると、中央区内では少なくとも129棟(36棟 + 93棟)のマンションが、何らかの形で管理不全のリスクを抱えている、いわば「要支援マンション」であると推計されます。 これは、調査に回答があったマンションを基にした数値であり、実態はさらに多い可能性も否定できません。

これらのマンションに対しては、行政による積極的な働きかけ(プッシュ型支援やアウトリーチ的働きかけ)とともに、マンション管理士による専門的なサポートが強く求められます。 管理不全の恐れがあるマンションに対しては、管理組合の設立支援や運営の正常化に向けたコンサルティング、管理不全の兆候があるマンションに対しては、長期修繕計画の作成支援や見直し、資金計画に関する助言、合意形成のサポートなどが、マンション管理士にとって具体的な提案機会となります。 放置すれば、マンションの資産価値低下だけでなく、地域全体の住環境にも影響を及ぼしかねないこれらの課題に対し、マンション管理士が積極的に関与していくことが期待されています。

5. 中央区が用意する支援策と管理士の介入ポイント

中央区では、「中央区マンション管理適正化推進計画」に基づき、マンションの管理状況に応じた様々な支援策を用意しています。 これらの支援策を理解し、適切に活用することが、管理組合の課題解決、ひいてはマンション管理士自身の活躍の場を広げることにつながります。

中央区の施策は、マンションの管理水準を大きく3つのレベルに分け、それぞれの状況に応じたアプローチを基本としています。

  1. 管理水準が一定以上の優良なマンション: マンション管理計画認定制度の活用を促し、高い管理水準の維持を図ります。
  2. 概ね適正な管理が行われているマンション: 各種支援策の活用を通じて、管理の質的向上を支援します。
  3. 管理不全の恐れや兆候のあるマンション: 行政からの助言・指導・勧告を通じて、管理の適正化を図ります。特に、支援を自ら求めないケースも想定されるため、行政からの積極的な働きかけ(プッシュ型支援・アウトリーチ的働きかけ)が重視されています。

これらの施策を具体的に見ていくと、マンション管理士が関与できるポイントが多く存在します。 中央区(主に中央区都市整備公社と連携)が提供する主な支援策は以下の通りです。

  • 管理不全防止・防災力強化への支援:

    • 管理不全の恐れや兆候が見られるマンションに対し、区や公社から状況改善に向けた働きかけが行われます。その中で、マンション管理士派遣事業の活用が促されるケースがあり、管理士が専門的な助言や運営サポートを行う入口となります。
    • 防災対策に課題があるマンションに対しても同様に、マンション管理士派遣事業などを活用し、防災マニュアル作成支援や防災訓練実施の働きかけが行われます。
  • 管理の質的向上への支援:

    • 分譲マンション管理相談: 建築士やマンション管理士が、長期修繕計画、管理組合運営、防災などに関する相談に対応します。管理士が相談員として専門知識を提供する場です。
    • マンション管理士派遣: 管理組合の総会や理事会、勉強会などにマンション管理士を無料で派遣し、維持管理、大規模修繕、建替え、管理規約の見直し、防災対策など、具体的な課題に対する助言や提案を行います。これは、管理士が直接的に管理組合を支援する中心的な制度です。
    • 各種費用助成制度:

      • 共用部分改修費用助成(維持管理や防災対策工事)
      • 計画修繕調査費助成(建物・給排水管の調査診断)
      • 共用部分リフォームローン保証料助成
      • マンションアドバイザー制度利用助成(東京都防災・建築まちづくりセンターの制度利用費)

      これらの助成制度は、管理組合の経済的負担を軽減し、計画的な修繕や調査の実施を後押しします。管理士は、これらの制度情報を管理組合に提供し、活用に向けた計画策定や申請手続きをサポートする役割を担えます。

  • 管理水準向上への支援:

    • すまいるコミュニティ: インターネットを利用した情報共有・コミュニティ活性化支援システムです。
    • 分譲マンション管理組合交流会: 管理組合間の情報交換やネットワーク形成の場です。
    • 分譲マンション管理セミナー: 管理組合役員などを対象としたセミナーです。管理士がセミナー講師を務めることで、知識普及に貢献できます。
    • 分譲マンション管理情報誌: 役立つ情報を定期的に発信しています。

これらの支援策は、マンション管理士にとって、自身の専門性を活かし、管理組合の課題解決に貢献するための重要なツールであり、介入の糸口となります。 管理組合がこれらの支援策の存在を知らない、あるいは活用方法がわからないケースも少なくありません。 管理士は、日々の業務の中で、管理組合の状況に合わせて適切な支援策を紹介し、その活用を積極的にサポートしていくことが期待されます。 特に、マンション管理士派遣制度は、管理士の専門性が最も直接的に求められる場面であり、信頼関係を構築し、継続的な支援につなげるための重要な機会と言えるでしょう。

6. マンション管理士が果たすべき現場での役割

今後求められる「課題解決型」の支援力

これまで見てきた中央区のマンション管理の実態と支援策を踏まえると、今後のマンション管理士には、単に法律や管理規約に関する知識を提供するだけでなく、管理組合が直面する多様かつ複雑な課題に寄り添い、共に解決策を見出し、その実行を力強く支援していく「課題解決型」の能力がより一層求められます。

中央区のようにマンションが高密度に集積し、高経年化が進む地域では、特に以下のような役割が期待されます。

  • 管理不全への対応: 管理不全の恐れや兆候のあるマンション(要支援マンション)に対して、早期に状況を把握し、管理組合の設立支援や運営の正常化、合意形成のサポートなど、具体的な改善策を提案・実行していく役割は非常に重要です。中央区の推進計画に基づく助言・指導・勧告のプロセスにおいても、管理士の専門的な知見が求められる場面が増えるでしょう。

  • 管理計画認定制度への対応: 管理水準の向上を目指す管理組合に対し、マンション管理計画認定制度の基準達成に向けたコンサルティングや申請支援を行うことも重要な役割です。認定取得は、管理組合の意識向上やマンションの市場評価向上にもつながるため、積極的に支援していく意義は大きいと言えます。

  • 計画修繕・資金計画の適正化支援: 長期修繕計画の未策定や見直し不足、修繕積立金の課題を抱える管理組合に対し、専門的な知見に基づいた計画作成・見直しを支援し、将来にわたる安定的な資金計画の策定をサポートします。これは、建物の長寿命化と資産価値維持に直結する重要な業務です。

  • 多様な関係者との連携・調整: 管理組合役員、区分所有者、居住者、行政(中央区・都市整備公社)、管理会社、施工会社など、マンション管理に関わる多様なステークホルダーとの円滑なコミュニケーションを図り、合意形成を促進する能力は不可欠です。時には利害が対立する場面もありますが、中立的・専門的な立場から調整役を果たすことが求められます。

  • 地域連携の視点: 個々のマンションの課題解決だけでなく、地域全体の住環境維持・向上という視点を持つことも重要です。防災対策における地域連携や、空き家・賃貸化の進行といった地域共通の課題に対して、専門家としての知見を提供していくことが期待されます。

これらの役割を果たすためには、マンション管理に関する法制度や技術動向、支援制度などの最新情報を常に学び続ける自己研鑽が欠かせません。 また、法律や会計、建築といった専門知識に加え、高いコミュニケーション能力、提案力、交渉力、そして何よりも管理組合に寄り添う姿勢が求められます。

中央区におけるマンション管理の適正化は、区民の安全・安心な生活環境を守り、良好な都市環境を維持していく上で極めて重要な課題です。 マンション管理士は、その専門性を活かし、行政や関係機関と連携しながら、管理組合の「良き相談相手」となり、「課題解決のパートナー」となることで、地域社会の持続的な発展に大きく貢献できる可能性を秘めています。 現場の第一線で活躍するマンション管理士一人ひとりが、その役割の重要性を認識し、高い専門性と課題解決能力を発揮していくことが、今まさに求められているのです。

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