東京都新宿区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1. はじめに
東京都新宿区では、多くの大都市が抱える共通の課題として、分譲マンションの高経年化が進行しています。区内の住宅ストックの約88%が共同住宅であり、その中でも分譲マンションは約2,200棟存在します。平成28年度の調査によれば、その約3割が建築後40年以上経過しており、今後この割合はさらに増加すると見込まれています。
こうした建物の老朽化に加え、居住者の高齢化という「二つの老い」が、マンション管理における課題を深刻化させています。管理組合の担い手不足や、多様な居住者(特に新宿区は外国人住民比率が高い)間の合意形成の難しさ、投資目的の非居住区分所有者の増加などにより、管理不全に陥るリスクが高まっています。管理が行き届かないマンションは、居住環境の悪化だけでなく、外壁剥落などによる周辺への影響や地域全体の環境悪化にもつながりかねません。
このような背景を受け、国は令和2年にマンション管理適正化法を改正し、地方自治体が地域の実情に応じた「マンション管理適正化推進計画」を策定できるようになりました。新宿区も令和6年2月にこの計画を策定し、マンション管理の適正化に向けた具体的な取り組みを進めています。これは、マンション管理組合や区分所有者に対し、管理の重要性への理解を深めてもらうと同時に、自治体としてより積極的かつ計画的に支援していく姿勢を示すものです。
この記事では、こうした新宿区のマンション管理の実態と課題を踏まえ、現場で活動するマンション管理士の皆様が、今後どのように管理組合への支援や介入を行っていくべきか、その役割と実践的なヒントを考察します。国や自治体が目指す管理適正化の流れの中で、マンション管理士が地域における適正管理の担い手として、新たな提案機会を見出すための一助となることを目的としています。
2. 市内分譲マンションの実態
新宿区のマンションストック状況
新宿区における分譲マンションの現状を把握するため、区が実施した実態調査(平成28年度)の結果を見ていきます。
まず築年数についてですが、区内に存在する約2,200棟の分譲マンションのうち、1971年から1980年(昭和46年~昭和55年)に竣工したものが最も多く21.4%を占め、次いで1981年から1990年(昭和56年~平成2年)が16.2%となっています。1970年代から1980年代にかけて建設されたマンションが多いことがわかります。これは、約3分の1が旧耐震基準(昭和56年5月31日以前の基準)で建てられていることを意味しており、耐震性への対応が重要な課題の一つです。
次にマンションの規模を見ると、住戸数では11戸~20戸が19.1%、21戸~30戸が16.8%と、比較的小・中規模なマンションが多く分布しています。11戸~50戸が全体の半数以上を占める一方、タワーマンションのような大規模なものも存在し、多様な規模のマンションが混在しているのが新宿区の特徴です。
アンケートから見る管理組合の現状
マンションの適正な維持管理に不可欠な管理組合の運営状況については、どうでしょうか。
- 管理組合の有無: 「あり」が84.3%、「なし」が10.9%
- 管理規約の有無: 「あり」が85.6%、「なし」が4.4%
- 総会の開催(管理組合ありと回答した中で): 「あり」が96.9%、「なし」が1.6%
これらの数値からは、多くのマンションで管理組合が設立され、規約に基づき総会が開催されている状況がうかがえます。しかし、約1割のマンションに管理組合が存在せず、約4%で管理規約がないという事実は見過ごせません。また、総会が開催されていないマンションも少数ながら存在します。
アンケートからわかる課題
アンケート結果や区の分析から、新宿区のマンションが抱えるいくつかの課題が浮き彫りになっています。
第一に、管理組合や管理規約が存在しないマンションが一定数あることです。これらは管理不全の入り口となり得るため、設立や整備に向けた支援が求められます。
第二に、建物の高経年化に伴う課題です。特に築年数が古いマンションほど、後述する長期修繕計画や修繕積立金の体制が整っていない傾向が見られます。また、旧耐震基準のマンションのうち、耐震診断を実施していないものが半数に上る点は、安全性の観点から大きな課題です。
第三に、居住者の状況です。高齢者のみの世帯が居住するマンションが6割以上、外国人居住者がいるマンションも約半数に上ります。単独世帯の割合も増加傾向(令和2年で67.8%)にあります。こうした居住者の高齢化や多様化、コミュニティの希薄化は、管理組合の担い手不足や合意形成の困難化につながる可能性があります。特に外国人居住者との円滑なコミュニケーションは、多文化共生社会の推進という観点からも重要です。
これらの現状と課題は、マンション管理士にとって、専門知識を活かした積極的な支援や提案が求められる領域を示唆しています。
3. 長期修繕計画と資金計画の実態
マンションの資産価値を維持し、安全で快適な居住環境を長期にわたって確保するためには、計画的な修繕の実施と、そのための資金計画が不可欠です。新宿区における実態はどうなっているのでしょうか。
長期修繕計画の策定率
まず、建物の維持管理の羅針盤となる長期修繕計画の策定状況を見ると、平成28年度の調査時点で、計画を「作成している」と回答したマンションは全体の56.3%にとどまっています。約4割のマンションで、将来を見据えた修繕計画が存在しない、または作成中という状況です。
特に、築年数が古いマンションほど計画の策定率が低い傾向が見られます。
- 築19年以下: 100.0%
- 築20年~39年: 65.3% (計画していない: 16.0%)
- 築40年以上: 48.6% (計画していない: 31.9%)
築40年以上のマンションでは、3割以上が長期修繕計画を作成していないという現実は、建物の老朽化が進む中で、将来の修繕に対する備えが十分でない可能性を示唆しており、喫緊の課題と言えます。
修繕積立金の計画・運用の課題
長期修繕計画と並んで重要なのが、計画実行の裏付けとなる修繕積立金です。新宿区の調査からは、資金計画や運用面でも課題が見えてきます。
まず、管理費と修繕積立金の区分経理(会計の分別管理)については、全体では約8割(80.8%)で実施されていますが、築20年以上のマンションでは約1割が区分経理を行っていません。同様に、修繕積立金の徴収自体も、築20年以上のマンションの約1割で行われていない状況です。
さらに深刻なのは、計画に基づいた適切な積立額が設定されているかという点です。新宿区の管理適正化推進計画では、「30年以上の長期修繕計画に基づく修繕積立金額を設定しているマンションの割合」を、現状の41.1%から60%へ引き上げることを目標として掲げています。これは裏を返せば、現状では6割近いマンションで、長期的な計画に基づいた適切な水準の積立金設定ができていない可能性があることを示しています。将来的な修繕費用に対して、積立金が不足するリスクが高い状況と言えるでしょう。
加えて、修繕積立金の滞納管理も、安定的な資金確保のための重要な要素です。
これらの計画策定率の低さや、積立金の徴収・設定・管理における課題は、マンションの維持管理における重大なリスク要因です。マンション管理士には、長期修繕計画の策定支援や見直し、計画に基づいた適正な積立額の提案、そして徴収や管理体制の適正化をサポートする役割が強く求められており、専門性を発揮できる大きな機会が存在します。
4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
活動停滞、管理不在組合の現状
前述の通り、新宿区内では約1割のマンションに管理組合が存在せず、規約がない、総会が開かれていないといったケースも見られます。これらは管理不全の兆候、あるいは既に管理不全状態にある可能性を示しています。
管理組合の活動が停滞する背景には、区分所有者の高齢化や単身世帯・外国人居住者の増加、賃貸化・非居住化の進行による役員の担い手不足や、価値観の多様化による合意形成の困難化があります。特に、比較的小規模なマンションや、築年数が経過したマンションで、こうした問題が顕在化しやすい傾向があります。
管理組合が機能不全に陥ると、日常的な管理業務(清掃、点検等)の質の低下、必要な修繕の未実施、管理費等の滞納といった問題が発生しやすくなります。
管理不全リスクの顕在化
適切な管理が行われず放置された場合、建物の老朽化は急速に進行します。屋上防水の劣化による漏水、給排水管の腐食、外壁の剥落、耐震性の不足といった問題が深刻化し、居住者の安全・安心な生活を脅かす事態になりかねません。
実際に、新宿区の管理適正化推進計画策定の背景にも、管理不全による建物の著しい劣化や、それに伴う周辺環境への悪影響(外壁剥落による人的被害リスク、景観悪化等)への懸念が示されています。区内の事例(新宿第二ローヤルコーポ)では、管理組合が実質的に機能せず、管理費と修繕積立金が混同され、建物各所に不具合が発生していた状況から、専門家の支援を得て再生を図った経緯が紹介されており、管理不全が現実的なリスクであることを物語っています。最悪の場合、行政代執行による建物除却といった事態に至る可能性も否定できません。
要支援マンション
これらの状況を踏まえると、以下のような特徴を持つマンションは、管理不全に陥るリスクが高く、早期の支援や注意深い見守りが必要と考えられます。
- 高経年マンション(特に築40年以上)
- 小規模マンション(担い手不足、スケールメリットが得にくい等)
- 旧耐震基準で、耐震診断や改修が行われていないマンション
- 長期修繕計画や修繕積立金制度が未整備・不適切なマンション
- 管理組合が存在しない、または長期間活動が停滞しているマンション
- 高齢者、単身世帯、外国人居住者、非居住区分所有者の比率が高いマンション
マンション管理士としては、担当するマンションや地域内のマンションがこれらの特徴に当てはまらないか常に注意を払い、問題が深刻化する前に適切なアドバイスや支援策(区の支援制度活用を含む)を提案していくことが重要です。管理不全リスクを未然に防ぎ、適正な管理へと導く「課題解決型」の支援こそ、今後ますますマンション管理士に求められる重要な役割となるでしょう。
5. 新宿区が用意する支援策と管理士の介入ポイント
新宿区では、マンション管理の適正化を推進するため、管理組合や区分所有者を対象とした様々な支援策を用意しています。これらの支援策を理解し、適切に活用・提案することは、マンション管理士にとって重要な業務の一つであり、管理組合への付加価値提供につながります。
新宿区の主な支援策
新宿区が提供する主な支援策は、大きく「管理組合運営の支援」「安全・安心な維持管理の支援」「コミュニティ形成の支援」に分類できます。以下に代表的なものを挙げます。
【管理組合運営の支援】
- 相談・情報提供:
- マンション管理相談: 区の窓口で専門家(マンション管理相談員)に相談できます。
- マンション管理相談員派遣: 総会や理事会へ専門家を派遣し、運営や維持管理に関するアドバイスを受けられます。
- マンション管理セミナー・交流会: 最新情報や知識の習得、他の管理組合との情報交換の場が提供されます。
- 管理計画認定制度の推進:
- 制度運用と周知: 適正な管理計画を持つマンションを区が認定する制度です。認定により、住宅金融支援機構のローン金利優遇(【フラット35】維持保全型、マンション共用部分リフォーム融資)や、長寿命化工事に伴う固定資産税の減額措置(※適用要件あり)などのメリットが期待できます。
- 申請支援: 認定申請時の手数料補助(管理計画認定手続支援サービス手数料補助)や、認定取得促進のためのインセンティブ(例:宅配ボックス設置補助)などが新たに用意されています(※令和6年度開始予定含む)。
- 管理状況の把握:
- マンション管理状況届出制度(東京都条例に基づく): 一定規模以上のマンションに管理状況の届出を求め、必要に応じて助言等を行います。
【安全・安心な維持管理の支援】
- 計画修繕の支援:
- 長期修繕計画作成費等補助事業(新規): 長期修繕計画の作成や見直しにかかる費用の一部が補助されます(※令和6年度開始予定)。
- 耐震化・防災対策支援:
- 建築物等耐震化支援事業: 耐震アドバイザー派遣、耐震診断・補強設計・改修工事費等の補助が受けられます。
- 各種防災支援: 防災マニュアル配布、防災資機材支給(自主防災組織対象)、家具転倒防止器具取付支援、エレベーター防災対策改修支援など、多様なメニューがあります。
【コミュニティ形成の支援】
- 活動支援:
- 地域コミュニティ事業助成: マンション内や地域との交流イベント等に対する経費の一部が助成されます。
- 町会・自治会加入促進: 加入案内の配布などを通じて、地域コミュニティへの参加を促します。
- 外国人居住者向け情報提供: 生活ルールなどを多言語で情報提供する「新宿生活スタートブック」の配布や相談窓口を設けています。
管理士の介入ポイント
これらの支援策は、マンション管理士が専門性を発揮し、管理組合を積極的に支援するための重要なツールとなります。
まず、管理組合がこれらの支援策の存在や内容を知らないケースも少なくありません(区の調査でも一部事業の認知度の低さが指摘されています)。マンション管理士は、管理組合の状況や課題に応じて最適な支援策を情報提供し、活用を促すことが求められます。
次に、補助金等の申請手続きのサポートです。複雑な手続きを代行したり、必要な書類作成を支援したりすることで、管理組合の負担を軽減し、支援策の活用を後押しできます。
特に、「管理計画認定制度」は、管理の質を高める上で重要な取り組みです。マンション管理士は、認定基準(管理組合運営、管理規約、経理状況、長期修繕計画等)をクリアするための具体的な改善提案や計画策定支援を行い、認定取得をサポートすることで、マンションの資産価値向上や管理への意識向上に貢献できます。
また、「長期修繕計画作成費等補助」や「耐震化支援」などは、専門的な知見が不可欠な分野であり、マンション管理士が計画策定や事業者選定などを主導する場面が多くあります。
これらの支援策を熟知し、管理組合の状況に合わせて的確に活用・提案できる能力は、マンション管理士の市場価値を高める上で不可欠と言えるでしょう。
6. マンション管理士が果たすべき現場での役割
今後求められる「課題解決型」の支援力
新宿区のマンションが直面する高経年化、居住者の多様化、担い手不足といった課題、そしてそれらに対応するための区の施策を踏まえると、今後のマンション管理士には、従来の管理事務の枠を超えた、より積極的で「課題解決型」の支援力が求められます。
単に管理組合からの要請に応えるだけでなく、潜在的なリスクや課題を早期に発見し、プロアクティブに改善策を提案・実行していく姿勢が重要です。例えば、長期修繕計画が未策定の組合には計画作成の必要性を説き、補助金活用を含めた具体的な策定支援を行う、担い手不足に悩む組合には役員の負担軽減策や外部専門家の活用を提案するなど、マンションの状況に応じたオーダーメイドのコンサルティング能力が不可欠です。
特に、合意形成のサポートは重要な役割です。多様な価値観を持つ区分所有者間の意見調整や、外国人居住者への丁寧な説明(必要に応じた多言語対応やツールの活用検討を含む)、非居住所有者とのコミュニケーション円滑化など、高度なコミュニケーション能力と調整力が求められます。
また、新宿区が示す「マンション管理適正化指針」や「管理計画認定基準」といった公的なスタンダードを管理組合に浸透させ、管理レベルの向上を支援していくことも、地域全体のマンション管理水準を引き上げる上で重要な役割です。認定制度の取得支援は、その具体的なアクションの一つと言えます。
さらに、良好なコミュニティ形成は、円滑な管理組合運営の基盤であり、防災・防犯力の向上にもつながります。マンション内のイベント企画支援や、町会・自治会との連携促進など、コミュニティ活性化への貢献も期待される役割です。
新宿区のような都市部では、マンションは単なる「住まい」ではなく、地域を構成する重要な「社会基盤」です。マンション管理士は、個々のマンションの価値維持・向上に貢献するだけでなく、地域社会全体の良好なストック形成と持続可能なまちづくりに貢献する専門家としての自覚を持ち、活動することが期待されています。
区が提供する支援策を最大限に活用し、専門知識とコミュニケーション能力を駆使して課題解決に取り組む。こうした能動的な姿勢こそが、これからのマンション管理士に求められる姿であり、管理組合からの信頼を得て、ビジネスチャンスを広げる鍵となるでしょう。
