東京都葛飾区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに
東京都葛飾区では、分譲マンションの建設が昭和40年代から始まり、令和4年に4万7千戸を超えるなど、主要な居住形態の一つとなっています。 区内のマンションは高経年化が進んでおり、築40年以上の分譲マンションは全体の13.3%を占め、今後この割合はさらに増加することが見込まれています。 こうしたマンションが適切な維持管理がなされないまま放置されると、住環境や生活環境へ深刻な問題を引き起こす可能性があります。
このような状況を踏まえ、国は令和2年に「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」を改正し、葛飾区においても、この法改正と区内マンションの実態調査の結果を踏まえ、令和5年12月に「葛飾区マンション管理適正化推進計画」を策定しました。
この記事では、葛飾区におけるマンション管理の現状と課題を明らかにし、現場で活動するマンション管理士が、今後どのように支援や介入を行うべきか、実践的なヒントを提供することを目的とします。
市内分譲マンションの実態
葛飾区のマンションストック状況
葛飾区における分譲マンションの供給は昭和40年から始まり、令和4年には、マンション件数は922件、総戸数は47,939戸にのぼります。
築年数別に見ると、築30年以上のマンションが全体の半数近くを占めており、高経年化が顕著であることがわかります。 築40年以上のマンションは136件(14.7%)あり、これらのマンションは場合によっては建替えなども視野に入れた維持管理の検討が必要となるでしょう。 10年後には、高経年マンション(築40年以上)が全体の40%以上に増加すると指摘されています。
また、マンションの規模を見ると、総戸数30戸未満の小規模マンションは全体の約3割(298件)を占めています。 築年数が経過したマンションほど小規模である傾向が見られ、築40年以上では39.7%が小規模マンションです。 これらの小規模かつ高経年のマンションでは、管理組合の運営や大規模修繕の資金調達などが課題となるケースが少なくありません。
アンケートから見る管理組合の現状
葛飾区が令和4年度に実施した分譲マンション実態調査から、管理組合の運営状況や課題が見えてきます。
まず、管理組合の設置状況については、97.2%が「ある」、管理規約については96.9%が「ある」と回答し、マンション管理の基本的なルールは整備されているマンションが多いと言えます。 総会の開催状況も、「年に1回以上」が96.9%と、定期的な意思決定の場が設けられていることがうかがえます。
管理者の選任については、管理規約で「管理組合の代表者」を管理者と定めている割合が81.0%と最も多くなっています。
アンケートからわかる課題
一方で、アンケート結果からはいくつかの課題も浮き彫りになっています。
マンションを良好に管理する上で困っていること(複数回答)としては、以下のような点が挙げられています。
- 「管理組合の役員のなり手がいない」: 24.9%
- 「関心が低く非協力的な居住者(賃借人を含む)が多い」: 21.5%
管理組合運営の担い手や協力体制に関する課題が上位を占めています。 役員を辞退する理由としては、「高齢のため」が60.3%、「仕事や家事が忙しい」が54.8%となっており、区分所有者の高齢化やライフスタイルの変化が影響していると考えられます。
また、区分所有者名簿や居住者名簿の整備状況を見ると、区分所有者名簿を「保管している」のは83.8%ですが、そのうち「更新している」のは44.3%に留まります。 居住者名簿についても同様の傾向が見られ、名簿の適時適切な更新が課題と言えるでしょう。災害等の緊急時における迅速な対応のためにも不可欠です。
さらに、総会への出席割合(議決権行使書を含む)については、「8割以上」が36.3%である一方、「4割程度以下」も30.7%存在し、区分所有者の総会への参加意識の向上が必要です。
これらの状況から、マンション管理士には、管理組合の運営サポートや、区分所有者の管理意識向上のための啓発活動、そして築年数や規模に応じたきめ細やかなアドバイスが求められています。
長期修繕計画と資金計画の実態
マンションの資産価値と住環境を長期にわたり保つには、計画的な修繕と資金計画が不可欠です。葛飾区の状況を見ていきましょう。
長期修繕計画の策定率
葛飾区の調査では、長期修繕計画を「作成している」管理組合は86.3%にのぼりますが、約1割は未作成または作成予定がない状況です。 作成・見直し周期は、「7年以内」が70.3%である一方、17.3%が「7年以内となっていない」、11.2%が「わからない」と回答しており、定期的な見直しの徹底が課題です。 多くの場合、計画期間は「30年以上かつ大規模修繕2回以上」と長期的視点で設定されています。
修繕積立金の計画・運用の課題
修繕積立金制度はほとんどのマンション(97.2%)で導入されていますが、積立額について約4割(39.4%)が「不足している」と感じており、将来の修繕への影響が懸念されます。 また、管理費・修繕積立金の滞納住戸が「ある」マンションも32.7%あり、早期対応が必要です。 区分経理は93.9%で行われていますが、修繕積立金会計から他会計への充当も7.0%で見られ、資金使途の適正化が求められます。
顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
高経年化や区分所有者の高齢化・無関心は、管理組合活動の停滞を招き、「管理不全」リスクを高めます。
活動停滞、管理不在組合の現状
葛飾区の調査では、一部で総会が「ほとんど開催されていない」(0.8%)、管理規約が「ない」(2.5%)といった状況が見られます。 管理運営上の課題として「役員のなり手がいない」(24.9%)、「居住者の関心が低い」(21.5%) が上位にあり、担い手不足や意識低下が活動停滞の要因と考えられます。 これが進行すると、修繕不実施による建物劣化や滞納増加など、管理不全に陥る可能性があります。特に高齢化、賃貸化、空き家化が進むと、このリスクは増大します。
国や自治体は、管理不全防止のため支援策を講じています。マンション管理士には、これらの制度を活用し、管理不全の兆候があるマンションや支援が必要な管理組合へ早期に適切な助言を行い、適正化を促す役割が期待されます。 外部専門家の活用も有効な選択肢ですが、管理の主体は管理組合であることを踏まえ、区分所有者の主体性を尊重した支援が重要です。
葛飾区が用意する支援策と管理士の介入ポイント
葛飾区では、マンション管理の適正化を推進するため、様々な支援策を用意しています。これらの支援策を理解し活用することは、マンション管理士が管理組合へ具体的な提案を行う上で非常に重要となります。
葛飾区の主な支援策としては、まず「管理計画認定制度」の促進が挙げられます。 この制度は、適切な管理計画を持つマンションを区が認定するもので、認定を受けたマンションは市場での評価向上や、住宅金融支援機構の融資における金利優遇などのメリットが期待できます。 マンション管理士は、管理組合がこの認定を取得するための計画策定支援や申請サポートを行うことで、専門性を発揮できます。
また、区ではマンション管理セミナーや個別相談会を定期的に開催しています。 これらは、管理組合の役員や区分所有者に対し、管理運営の基礎知識や大規模修繕、法改正に関する情報を提供するものです。マンション管理士は、これらの機会を活用して管理組合との接点を持ったり、セミナー講師として専門知識を共有したりする道も考えられます。さらに、区はマンション管理アドバイザー派遣制度の利用助成も行っており、管理組合が専門家であるマンション管理士の助言を得やすくしています。
特に注目すべきは、「管理に課題のあるマンションへのアウトリーチ型支援」 です。 これは、管理状況調査や外観調査などで課題が判明したマンションに対し、区から積極的に働きかけを行い、マンション管理士等の専門家派遣を通じて課題解決を支援するものです。 管理士にとっては、行政と連携し、より困難な状況にあるマンションの再生に関与する機会となり得ます。
その他、新築マンションに対する「マンション誕生カード」を通じた情報提供や、東京都と連携したマンション管理状況の届出制度の運用、既存ストック再生型優良建築物整備事業によるバリアフリー化改修等への助成なども行われています。
これらの支援策は、マンション管理士が管理組合に対して、現状分析から課題解決、将来を見据えた管理改善に至るまで、一貫したコンサルティングを提供する上での重要なツールとなります。区の施策と連携し、専門的な知見を活かした提案を行うことで、管理組合の自主的な管理運営能力の向上と、マンションの資産価値維持・向上に貢献できます。
マンション管理士が果たすべき現場での役割
今後、マンション管理士に求められるのは、単なるアドバイス提供に留まらない、「課題解決型」の積極的な支援力です。建物の高経年化、居住者の高齢化、価値観の多様化など、マンションが抱える課題はますます複雑化しています。
まず、管理組合の主体的な運営を促すためのエンパワーメントが重要です。管理組合が自立して適切な意思決定を行えるよう、運営ノウハウの提供、役員の育成支援、合意形成プロセスの円滑化などをサポートする必要があります。これには、コミュニケーション能力やファシリテーション能力も不可欠です。
次に、長期的な視点に立った計画策定能力が求められます。長期修繕計画の策定・見直しはもちろんのこと、将来の資金計画、さらにはコミュニティ形成や防災対策まで含めた総合的なマネジメント計画の立案支援が期待されます。特に修繕積立金の不足は多くのマンションで課題となっており、資金計画の適正化は急務です。
また、管理不全の予防と早期対応も重要な役割です。管理状況の定期的なチェック、問題の早期発見、そして行政や他の専門家(弁護士、建築士など)と連携した迅速な対応が求められます。特に、役員のなり手不足や無関心層の増加といったソフト面の問題に対して、外部専門家の活用も含めた具体的な解決策を提示できる能力が重要になります。
国や自治体が推進するマンション管理適正化の流れは、マンション管理士にとって大きな追い風です。管理計画認定制度の普及支援や、行政の助成制度を活用した修繕・改修提案など、専門性を活かせる場面はますます増えています。
これからのマンション管理士は、法律や設備に関する専門知識に加え、コミュニケーション能力、企画提案力、そして何よりも管理組合に寄り添い、共に課題を乗り越えていくという当事者意識を持った姿勢が、地域社会の重要なストックであるマンションの未来を守るために不可欠となるでしょう。
