埼玉県さいたま市のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1. はじめに
埼玉県さいたま市では、分譲マンションの高経年化が大きな課題となっています。市の調査によると、調査対象となったマンションのうち築30年以上の建物が45.0%を占めており、今後の維持・管理体制のあり方が問われています。
こうした状況を受けて、さいたま市は2023年度に「マンション管理適正化推進計画」を策定しました。本計画は、市内の分譲マンションが今後も安心して住み続けられる住環境であり続けるために、管理体制の適正化や管理組合の支援体制整備を推進するものです。
本計画の背景には、分譲マンションの高経年化や居住者の高齢化、役員の担い手不足といった複合的な課題の深刻化があります。管理組合が担うべき役割が拡大する一方で、組織運営や意思決定に課題を抱えるケースが増えており、さいたま市としてもこれを放置できない状況にあると判断しました。
また、市が示した方針では、建物の維持管理に加えて、管理組合の運営力強化や専門家の活用も重要なテーマとなっています。とくに、活動が停滞している組合や、高齢化により役員のなり手がいないマンションに対し、外部の知見を取り入れる仕組みづくりが急がれています。市は、管理組合の自主的な運営が困難な場合には、マンション管理士などの専門家の活用を促進する方針を明確に打ち出しています。
本記事では、さいたま市が公表しているデータをもとに、マンション管理の現状と課題を整理し、そこから見える「マンション管理士が果たすべき役割」について考察します。適正化に向けた支援策のなかで、管理士がどのように貢献できるのかを明らかにすることが目的です。
2. 市内分譲マンションの実態
さいたま市のマンションストック状況
さいたま市における分譲マンションのストック数は、令和4年1月時点で2,118棟に上ります。
建築年別の分布を見ると、築年数の経過が著しい建物が増加傾向にあり、特に築30年以上のマンションは939棟(全体の44.3%)を占めています。
さらに細かく見ると、
- 築40年以上:448棟(21.1%)
- 築50年以上:73棟(3.4%)
という構成であり、旧耐震基準(昭和56年以前)で建築されたマンションも18.8%(399棟)存在します。
このように、市全体のストックは量的にも質的にも老朽化が進んでおり、中長期的な視点での再生・適正管理が重要なテーマとなっています。
一方で、こうした全体傾向をふまえて、さいたま市は令和5年度に管理組合の実態把握に関するアンケート調査を実施しました。次節では、その調査結果に基づいて、運営体制の現状を確認していきます。
アンケートから見る管理組合の現状
調査は、市内の分譲マンション1,798管理組合に対して実施され、619件(回答率35.7%)から有効回答を得ました。
回答対象マンションの築年数構成比は以下の通りです:
- 30年超〜40年以下:27.1%
- 40年超〜50年以下:13.9%
- 50年超:4.0%
合計で、築30年以上のマンションは45.0%を占めています。
これは、建物の維持修繕や管理体制の再構築が求められる時期にあるマンションが過半数に迫っていることを示しており、早期対応の必要性が読み取れます。
そのような状況にあるなか、管理組合の運営状況に関しては、以下のような傾向が確認されました。
- 管理者の選任率:94.9%(うち、区分所有者以外が管理者となっているのは1.4%)
- 総会の開催頻度:年1回以上が98.8%を占めており、「ほとんど開催していない」との回答も2件(0.3%)存在
- 管理規約の策定率:99.0%、そのうち改正歴あり:81.4%、改正していない組合も一定数存在
このように、制度上の基本体制は概ね整っているものの、規約の更新停滞や総会の実質的な開催状況には差があることがうかがえます。
また、「役員の担い手がいない」「理事長が長年交代していない」といった運営上の悩みが、市の相談対応などを通じて散見されており、形だけの組織体制にとどまっている可能性も否定できません。
今後は、こうした形式と実質のギャップに着目し、専門家による点検・助言や、継続的な運営支援の必要性が増していくフェーズにあると言えるでしょう。
3. 長期修繕計画と資金計画の実態
分譲マンションの持続的な維持管理において、長期修繕計画とその資金計画の有無・質は最重要項目の一つです。さいたま市では、2023年度に実施されたアンケート調査により、市内管理組合の修繕計画と資金管理の実態が明らかになっています。
長期修繕計画の策定率
調査によれば、長期修繕計画を「策定している」と回答した管理組合は87.4%に達しています。これは一定の普及率と評価できますが、裏を返せば1割以上の組合で策定されていないという課題も残されています。
また、長期修繕計画を「策定している」と回答した管理組合のうち、国の管理計画認定制度が推奨する「30年以上」の期間で計画している割合は60.4%でした。これは過半数がマンション管理計画認定制度の基準を満たしていることを示しており、一定の進展といえますが、残る約4割は計画期間が短く、今後の支援や啓発が求められます。
また、計画自体の「更新頻度」にもバラつきがあります。最終改定時期については以下のような分布でした。
- 5年以内に改定:47.3%
- 5年超〜10年以内:6.5%
- 10年超:5.7%
- 無回答:40.5%
このように、計画を策定していても見直しが長期間行われていないケースや、改定状況が不明な管理組合が多く存在していることが確認されました。
修繕積立金の計画・運用の課題
資金面では、修繕積立金を「徴収している」組合は96.1%と高水準ですが、その金額設定に用いられている根拠に関しては以下のような傾向があります(※1)。
- 長期修繕計画を基に算出:77.5%
- 管理費の一定割合を転用:9.6%
- 近隣相場を参考:2.2%
- その他・無回答:10.7%
また、積立方式については以下の通りです。
- 均等積立方式:63.5%
- 段階増額方式:28.7%
- その他・無回答:7.8%
この結果から、積立水準の算出根拠が明確でないケースや、計画との整合性に課題があるケースが依然として存在していることがわかります。特に小規模かつ築年数が古いマンションでは、均等積立が採用される割合が高く、将来的な資金不足リスクが懸念されます。
4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
活動停滞、管理不在組合の現状
こうした修繕計画や資金計画の未整備・不十分な実態は、やがて「管理不全」へとつながる可能性があります。「さいたま市マンション管理適正化推進計画」では、2021年度の実態調査をもとに、国の「管理適正化指針」に基づく評価項目を援用して、「管理に課題があるマンション」の存在を明らかにしました。
その結果、調査対象のうち21.6%が何らかの管理項目で基準を満たしていないとされました。評価項目の一部は以下の通りです。
- 管理規約の未整備または改正歴がない:10.1%
- 長期修繕計画が未策定:11.1%
- 修繕積立金を徴収していない:1.3%
- 総会が「ほとんどない」:1.9%
- 管理者が選任されていない:0.8%
特に目立つのが、「改正されていない管理規約」や「策定されていない長期修繕計画」です。これらは建物の劣化という物理的な問題にとどまらず、組織としての意思決定機能が弱体化している兆候とも読み取れます。
こうしたマンションは、「要支援マンション」と位置づけられ、市による伴走型支援の対象となる可能性があります。市は今後、管理計画認定制度の普及や専門家の派遣体制整備により、こうしたマンションに対して継続的な介入・支援を図る方針です。
5. さいたま市が用意する支援策と管理士の介入ポイント
さいたま市では、マンション管理の適正化を促進するために、管理組合への支援制度を複数用意しています。これらの施策は、管理不全に陥る前の段階から介入し、予防的に組合の運営をサポートすることを目的としています。
代表的な支援策は以下の3つです。
- マンション管理相談
管理組合の運営や規約、役員体制、トラブル対応などに関する個別相談を随時受け付けています。とくに築20年以上のマンションからの相談が多く、運営のマンネリ化や担い手不足など、内部的な問題への対応が主な内容です。 - マンション管理基礎セミナー
大規模修繕や防災、管理規約の見直しなどをテーマとした講習会を定期開催。築30年〜40年台のマンションからの参加が多く、修繕時期の到来を契機に、組合運営を見直す動きが見られます。 - アドバイザー派遣制度(埼玉県事業)
専門家(主にマンション管理士)を派遣し、管理規約や修繕計画の見直し、総会の進行方法までを個別に支援。築40年以上かつ小規模なマンションの利用が目立っており、自主管理や情報不足による支援ニーズが強い傾向にあります。
これらの制度において、マンション管理士は重要な介入ポイントを担っています。とくにアドバイザー派遣制度では、管理士が「第三者的な視点で問題を整理し、現実的な改善提案を行う」ことが期待されています。
また、さいたま市は今後、管理計画認定制度との連携を視野に入れた支援体制の強化を掲げており、管理士の介入が「制度的要件を満たす支援役」として明確化されつつあります。相談・派遣・助言を一過性の支援で終わらせず、継続的な伴走支援として位置づける方向性が強まっています。
6. マンション管理士が果たすべき現場での役割
管理士が現場で果たすべき役割は、制度やガイドラインの整備が進むなかで、より実践的で「課題解決型」の支援力へと変化しつつあります。
以下では、さいたま市の支援体制やマンション管理計画認定制度の動向を踏まえて、管理士に求められる主な役割を整理します。
管理計画認定制度への対応支援
長期修繕計画の内容、修繕積立金の根拠、役員体制、総会開催頻度など、多岐にわたる評価項目に対し、「認定取得を前提とした実務的助言」を行う役割が強く求められています。
認定制度が「可視化された管理の質」の指標となるなか、管理士はその準拠状況を点検し、必要に応じて組合に改善策を提示する立場になります。
継続的な伴走支援の担い手
一度の指導や診断にとどまらず、「組合の成長段階に応じた支援」を段階的に提供する必要があります。特に高経年マンションや人材難の組合では、長期的な信頼関係を前提とした支援体制が不可欠です。
アドバイザー派遣制度のようなスポット型支援の限界を補う形で、管理士が継続的な窓口役を果たすことが期待されています。
組合の合意形成プロセスの調整役
管理計画や大規模修繕をめぐって意見が割れるケースもあります。その際、管理士が中立的な立場で説明・助言し、円滑な意思決定を促すファシリテーター役を果たすことが求められています。
合意形成が難航している組合では、住民向け説明会の構成や資料作成まで含めた実務支援が効果的です。
実行支援型専門家としての役割強化
さいたま市における今後の支援方針では、こうした管理士の専門的支援を前提とした制度設計が強化される見通しです。形式的な支援から実質的な「実行支援」へ。
その担い手として、マンション管理士にはより高い実務対応力と、地域課題への理解が求められています。
