神奈川県川崎市のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1.はじめに

川崎市は、1960年代以降に急速にマンションが供給されてきました。特に1990年代には供給数がピークを迎え、現在ではその多くが築後数十年を経過し、高経年化による安全性や維持管理面の課題が顕在化しつつあります。川崎市が2018年に実施した「分譲マンション実態調査」によると、市内に存在するマンションは約3,000件、戸数では約17万戸に及び、全住戸の約4分の1を占めています。持ち家全体におけるマンションの割合は49.8%と、全国の政令指定都市の中でも最高水準であり、市民にとってマンションはきわめて重要な居住形態となっています。

しかし、その一方で築40年以上のマンションは2018年時点で約250件にとどまっていたものの、2028年には約900件、2038年には約1,900件に達すると推計され、高経年マンションの急増が見込まれます。これらの高経年マンションにおいて十分な修繕が行われないまま管理不全に陥ると、建物内部の劣化や設備の老朽化による安全性の低下、住環境の悪化だけでなく、地域全体の資産価値にまで悪影響を及ぼすリスクが高まります。区分所有者の高齢化や役員のなり手不足などの運営上の問題も相まって、管理組合の機能低下が加速するおそれも指摘されています。

こうした現状を受けて、川崎市は2023年に「マンション管理適正化推進計画」を策定し、管理不全化を未然に防止するための具体的施策やマンション管理士の専門的な支援体制の強化を打ち出しました。本稿ではこの推進計画を背景としつつ、高経年マンションの増加や住民のニーズ多様化という状況下で、マンション管理士がどのような役割を果たすべきかを整理します。最終的には、管理士による「課題解決型」の支援が求められる理由と、その実践のための具体的な視点を示すことを目的としています。


2.市内分譲マンションの実態

川崎市のマンション管理状況

まず、川崎市全体におけるマンションの基礎的な管理状況を見てみます。2018年時点で把握された市内マンション件数は約3,000件、戸数は約17万戸。これは市内全住戸の約4分の1という高い割合を示し、所有形態別に見ると持ち家全体の約49.8%を占めるほどマンションが普及しています。この数値は政令指定都市の中でもトップクラスであり、マンションという集合住宅が市民の日常生活や地域社会に与える影響が大きいことを示しています。

また、マンションの階数や戸数規模に注目すると、6~10階建ての中層マンションが42.1%でもっとも多く、戸数規模では21~50戸の中規模マンションが46.4%を占めている点が特徴です。つまり、きわめて大規模なタワーマンションが多数派というわけではなく、中規模の物件が市内に広く分布している状況だといえます。

築年数別に見ると、築20年未満が約48.6%、築30年以上が29.0%、さらに築40年以上は11.2%という分布で、高経年化物件の割合が今後さらに増える見込みです。特に築40年以上のマンションは、2018年時点では約250件だったのが、10年後の2028年には約900件、20年後の2038年には約1,900件にまで急増すると予測されています。


戸数・棟数・築年数・建物構造の内訳

  • 戸数規模
    • 21~50戸:46.4%
    • 51~100戸:24.0%
    • 20戸以下:20.8%
    • 101戸以上:残りの約8~9%

    中小規模マンションが全体の大半を占めるため、大規模修繕や管理組合活動に必要な専門知識・資金面の確保が相対的に難しくなる可能性があります。

  • 建物構造・階数
    • 6~10階建て:42.1%
    • 4~5階建て:39.0%
    • 11~19階建て:10%

    20階以上の割合は全国平均ほど多くはありませんが、近年の駅前再開発に伴い、高層物件も増加傾向にあります。

  • 築年数
    • 築20年未満:48.6%
    • 築30年以上:29.0%
    • 築40年以上:11.2%

    築30年以上の物件は既に3割近くを占め、これらが今後40年超へと移行していくことで、高経年化の比率が急増すると見込まれています。


アンケートから見る管理組合の現状

川崎市が2018年度に行った「分譲マンション実態調査」では、市内約3,000件のマンション管理組合に対してアンケートが実施されました。回収率は約17.8%であったものの、実質的な管理組合運営に関するいくつかの特徴的な傾向が見られています。

総会の開催と管理規約の整備

  • 管理組合を有するマンションのうち、96.3%が「年1回」の総会を定期的に開催
  • 管理規約は97.3%の組合で整備されており、そのうち約83.9%が「改正履歴あり」

これは、管理規約という基礎的ルールが多くのマンションで既に浸透していることを示しています。

管理者の選任状況

  • 全体の89.6%が管理会社へ委託
  • 築40年以上または20戸以下の小規模マンションでは約3割が自主管理

専門知識不足や資金力不足の懸念が高い物件ほど管理会社を利用していないケースが目立ちます。

相談先の不足

  • 管理委託を行っているマンションでは「委託先の管理会社」(76.3%)が主な相談先
  • 自主管理のマンションでは「相談できる専門家がいない」(46.5%)が最多

高経年かつ小規模な物件を中心に、管理運営上の不安が残る構造となっています。

組合運営上の課題

  • 「居住ルールを守らない居住者がいる」(37.1%)
  • 「組合活動に無関心な組合員が多い」(35.1%)
  • 「役員等のなり手がいない」(28.8%)

これらはマンション全般に共通する運営上の悩みですが、築年数の古いマンションほど役員のなり手不足や組合員の無関心が顕著で、将来的な管理不全につながりやすい要因となっています。


3.長期修繕計画と資金計画の実態

長期修繕計画の策定率

適切な修繕工事をタイムリーに行うためには、計画的な修繕スケジュールとそれを支える財政計画が欠かせません。川崎市の調査では、管理組合のうち約86.9%が「長期修繕計画を作成している」と回答しました。表面的には高い策定率ですが、築40年以上のマンションや戸数規模が20戸以下の小規模マンションでは、未策定率が3割を超えるなど、比較的脆弱な物件ほど修繕計画を持っていない現状も浮き彫りになりました。

この未策定率の高さは、「専門知識の不足」「役員の負担感」「修繕工事の見積もりや業者選定の難しさ」などが複合的に絡んでいます。さらに、管理者不在や総会未開催といった運営問題が重なると、見直しどころか計画の初期策定すら進まないケースも少なくありません。

修繕積立金の計画・運用の課題

修繕積立金については、長期修繕計画を作成している管理組合の85.0%が「長期修繕計画に基づいて設定している」と回答しました。一方で築21年以上のマンションでは、修繕積立金の額や積立方法が不十分という回答が他の築年帯よりやや多く、経年劣化の進む物件ほど積立金と実際の修繕コストとのギャップが拡大しやすいと考えられます。

計画があっても資金を積み増す合意形成に至らず、大規模修繕の時期を延期したり、修繕内容の縮小を余儀なくされるケースも散見されます。こうした状況が続くと建物の劣化が加速し、結果的に大掛かりな修繕工事や建て替えを迫られるリスクが増大します。特に小規模物件や高経年物件では、区分所有者の高齢化や財政的負担力の限界もあって、修繕費用を確保できないまま先送りしてしまう例が見受けられます。


4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション

活動停滞、管理不在組合の現状

総会が未開催となり管理者も不在、いわゆる「管理不全」に近い状態に陥るマンションが少しずつ顕在化してきています。築40年以上の高経年マンションや20戸以下の小規模マンションで特に顕著で、管理規約や長期修繕計画もなく、資金不足から建物の修繕や設備更新が後手に回るケースが目立ちます。

こうした状況では、建物外壁の剥落や設備の故障、ゴミ放置など安全面や衛生面での問題が深刻化し、居住環境の悪化が周辺地区にも波及する懸念があります。市の調査や各種支援制度の利用が届かず、「相談したいが、どこに行けばいいかわからない」「組合自体が機能していないため実態が把握しづらい」という悪循環に陥りやすいのも特徴です。

川崎市では特にこうしたリスクの高いマンションを「要支援マンション」と位置づけ、早期段階でマンション管理士や建築士などの専門家を介入させる仕組みを強化しています。管理者不在ゆえに外部支援へアクセスしづらい現場に、市の側から積極的にアプローチを行い、迅速な状況把握と必要なアドバイスを提供することが重要な鍵です。


5. 川崎市が用意する支援策と管理士の介入ポイント

川崎市が主導する「マンション管理適正化推進計画」(2023年度~2027年度)では、高経年マンション増加に対応し、管理不全を未然に防止するための具体的施策を展開しています。ここでは、管理士が関わる主要な支援策と、その介入ポイントを整理します。

無料相談窓口「ハウジングサロン」

  • 管理組合の運営、管理規約の改正、長期修繕計画の見直し、耐震化など、多岐にわたる相談に応じる専門相談員が常駐
  • 自主管理のマンションを中心に、「誰に相談すればよいかわからない」という問題を解消する役割を果たしています

専門家派遣制度

  • 「管理組合登録・支援制度」に登録しているマンションが希望すると、マンション管理士や建築士などが現地に出向き、より具体的な課題点をヒアリング
  • 修繕工事の見積もり比較や管理規約の条項見直しなど、専門的知見が必要とされる場面で具体的アドバイスを提供

管理組合登録・支援制度

  • 無料で市に登録することで、「マンション便り」の定期発行や交流会への参加など、最新の法改正情報や他組合の事例共有が可能
  • 登録数は608件(2021年度末時点)だが、市内全体の3,000件規模に比べると十分とは言えないため、今後さらなる普及拡大を目指している

要支援マンションへの積極的な支援

  • 高経年・管理不全リスクの高い物件を特定し、市の側から管理組合や居住者へ働きかけを行う「アウトリーチ型支援」を実施
  • 専門家が直接訪問して組合の意思を確認し、必要に応じて管理計画の立て直しや修繕積立金の再検討などへ誘導

マンション管理士の重要な介入ポイントは、これら公的支援制度を活用して組合内に潜む課題を可視化し、解決策を具体的に示すことです。特に、「総会を開催していない」「修繕積立金を適正に確保できていない」などの基本的な問題を抱える場合、管理士が管理組合の合意形成プロセスを丁寧にサポートし、早期の管理立て直しを図ることが求められます。


6. マンション管理士が果たすべき現場での役割

今後求められる「課題解決型」の支援力

従来、マンション管理士は区分所有法やマンション管理適正化法、標準管理規約の知識を活かして相談対応や書類整備のアドバイスを行う「助言者」としての役割が中心でした。しかし、高経年化や少子高齢化といった社会背景の変化が進むにつれ、以下のような新たな期待と役割が求められています。

  1. 組合運営体制の再構築
    役員になり手がいない、総会の出席率が低いなどの問題は、組合のマネジメント力を低下させる大きな要因です。管理士は「実務の代行者」ではなく「支援者」として、必要な資料作成や議案整理のサポートを行いながら、組合内部で意思決定がスムーズに進む合意形成の仕組みを提案していくことが重要となります。
  2. 長期修繕計画と修繕積立金の再検討
    近い将来に大規模修繕が予定されているが資金不足に悩むケースや、老朽化が進んでいるのに計画自体が存在しないマンションに対して、修繕計画の策定・見直しを具体的に支援します。専門家として費用対効果や優先度を踏まえた工事内容の提案を行うとともに、居住者に丁寧に説明して同意を得るプロセスが求められます。
  3. 高齢化住民へのコミュニケーション
    居住者の平均年齢が上昇すると管理組合活動が停滞しやすくなります。管理士は、そのような状況下でも意思決定の場が失われないよう、書面や口頭での説明を丁寧に行うスキルが必要となります。障がいのある方や外国籍の方への配慮も含め、多様な住民への対応力が不可欠です。
  4. トラブル防止とリスクマネジメント
    マンション内外で発生する生活音やゴミ出し、ペット飼育などのトラブルを未然に防ぐためのルール整備も管理士の得意分野です。問題が表面化した際には、中立的な立場で仲裁や調整役を担い、必要に応じて弁護士や建築士など他専門家との連携を図りながら円満な解決を目指します。
  5. 法改正情報などの最新知見の提供
    マンション管理適正化法の改正やマンション標準管理規約の改正など、法的ルールは変化し続けています。管理士は最新の法改正情報だけでなく、国や地方自治体が提供する補助金・支援制度などをタイムリーに紹介し、現場の判断材料として提供することで管理組合の負担を軽減します。

こうした「課題解決型」の支援を担うには、法制度や建築技術の知識だけでなく、コミュニケーション能力や合意形成スキル、ファシリテーション技術が欠かせません。とりわけ、川崎市のように公的支援策が充実し始めている自治体では、管理士がそれらをうまく活用し、組合に対して「どの施策が利用可能か」「具体的にはどのような手順が必要か」を提案できるか否かが、管理適正化の進展を大きく左右します。

市が定める「マンション管理適正化推進計画」は、高経年化マンションの管理不全リスクを防ぎ、健全な居住環境を維持するための道筋を示した重要なロードマップです。その計画を具体的な成果に結びつけるためには、最終的に管理組合が主体的な意思決定を行う必要があります。そのための橋渡しをする存在がマンション管理士です。技術的な解決策だけでなく、住民間の協調やコミュニティ形成を支援する視点も含め、管理士の現場力がこれまで以上に試される時代になっているといえるでしょう。

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