神奈川県相模市のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1.はじめに
相模原市において、マンションの高経年化が深刻な課題として浮かび上がっています。1960年代から供給が進み、1990年代をピークに建設されたこれらのマンションは、現在築40年以上となるものが急増しています。2028年には約900件、2038年には約1,900件と、築40年以上のマンションの件数は今後も継続的に増加すると予測されており、老朽化による建物の安全性、居住環境の悪化、そして資産価値の低下が危惧されています。
このような背景を受けて、相模原市では「マンション管理適正化推進計画」の策定が行われ、行政による支援とともに、管理の適正化を促す取り組みが本格化しています。特に、管理組合の活動の停滞や管理不在といった「管理不全マンション」の増加が現実味を帯びており、住民自らの管理努力だけでは限界があるケースも少なくありません。
こうした状況下で注目されるのが、「マンション管理士」の専門的な支援です。本記事では、相模原市のマンション管理の実態と課題をデータに基づいて明らかにしながら、今後管理士が果たすべき役割とその可能性について整理します。
2.市内分譲マンションの実態
相模原市のマンション管理状況
相模原市には現在、約3,000件、約17万戸のマンションが存在しています。これは市内の総住戸数の約1/4、持ち家の約半数に相当し、主要な居住形態のひとつとなっています。
マンションの構造や戸数に関する内訳は以下の通りです。
- 戸数規模別
- 21~50戸:46.4%
- 51~100戸:24.0%
- 20戸以下:20.8%
- 階数別
- 6~10階:42.1%
- 4~5階:39.0%
- 11~19階:10.0%
- 築年数別
- 築20年未満:48.6%
- 築30年以上:29.0%
- 築40年以上:11.2%
築40年以上のマンションの急増により、建物の老朽化だけでなく、区分所有者の高齢化も進行していることが確認されています。特に宮前区や川崎区など、一部地域においては築30年以上の建物の密集が顕著です。
アンケートから見る管理組合の現状
「平成30年度川崎市分譲マンション実態調査」の結果から、管理組合の実態が明らかになっています(※相模原市の調査は未公表のため類似都市のデータを参考)。
- 総会開催
管理組合が「ある」と回答したうち、96.3%が年1回以上の総会を開催。 - 管理規約
97.3%が管理規約を整備済み。そのうち83.9%が改正経験あり。 - 管理体制
管理会社に委託している割合は89.6%。ただし、築40年以上または20戸以下の小規模マンションでは自主管理が約3割。 - 相談先の有無
- 管理会社委託あり:76.3%が「委託先の管理会社」と回答。
- 自主管理:46.5%が「相談できる専門家がいない」と回答。
- 管理上の課題(複数回答)
- 居住ルール違反:37.1%
- 組合活動への無関心:35.1%
- 役員のなり手不足:28.8%
- 管理内容の妥当性が判断できない:20%超(特に築浅で顕著)
これらの調査結果から浮かび上がるのは、情報不足と人材不足による組合運営の困難さです。特に小規模・高経年のマンションほどその傾向が強く、管理の質をどう担保するかが問われています。
3. 長期修繕計画と資金計画の実態
相模原市内のマンション管理において、長期修繕計画とそれに伴う資金計画の実施状況は、管理の健全性を測る上で極めて重要な指標です。特に高経年マンションの増加に伴い、計画的な修繕と資金準備が適切に行われていない場合、居住環境の悪化や建物機能の低下、ひいては資産価値の大幅な下落につながるリスクが高まります。
長期修繕計画の策定率
相模原市の類似事例として、川崎市における調査では、全体の86.9%の管理組合が長期修繕計画を策定していると報告されています。これは全国的に見ても比較的高い水準ですが、実態をより詳細に見ると、築年数や規模によって大きな差が存在します。
- 築年数別
- 築20年未満:策定率は90%を超える
- 築40年以上:策定していない割合が2割以上
- 戸数規模別
- 20戸以下:策定していない割合が30%以上
- 51戸以上:策定率は90%前後で安定
これらの結果から、築年数が古い、あるいは小規模なマンションほど計画策定が遅れている実態が見えてきます。これは、専門的知識の不足や人材の高齢化、合意形成の難しさなどが原因と考えられます。
修繕積立金の計画・運用の課題
長期修繕計画が策定されていても、それに基づいた資金計画の実行が伴わなければ意味がありません。調査によれば、長期修繕計画を持つ管理組合のうち、85.0%がその計画に基づいて修繕積立金を設定しているとの結果が示されています。
しかし、次のような課題が顕在化しています。
- 築21年以上のマンションでは、積立金が計画に基づいていない割合が1割超
- 将来の修繕費が不足する可能性が高いマンションが一定数存在
- 一部では段階増額方式の導入がなされておらず、初期設定額が長年据え置かれたまま
このように、資金準備が現実的でないケースが散見されることから、マンションの長寿命化には単なる計画の策定に留まらず、実効性ある運用と住民の理解・協力を得る努力が不可欠と言えます。
4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
長期修繕計画や資金の備えが不十分なマンションでは、徐々に管理機能が低下し、やがて「管理不全マンション」へと移行するリスクが高まります。相模原市でも、今後こうしたマンションが増える可能性が大きく、早期の実態把握と対策が求められます。
活動停滞・管理不在組合の現状
川崎市の調査データから読み取れるように、管理組合の機能不全は以下の要素に起因していることが多いです。
- 組合員の高齢化により役員のなり手が不足(高経年マンションほど顕著)
- 総会の開催が形骸化しており、実質的な議論や意思決定が困難
- 管理規約が未整備または時代遅れで、現状に対応できていない
- 管理会社との契約内容を精査できる知識が不足
特に、自主管理を行う小規模マンションでは、「相談できる専門家がいない」との回答が46.5%に達しており、支援体制の空白が深刻です。こうした状況下では、重大な修繕が必要になっても対応できず、住民間のトラブルや建物の劣化が急速に進行する恐れがあります。
また、外観調査によって「やや不良」と判断されたマンションの中には、管理組合が機能しておらず、連絡すら取れないケースが確認されています。実質的に「管理不在」の状態といえるこうしたマンションは、行政支援や専門家の介入がなければ改善が見込めない段階に入っています。
このように、管理の現場では計画の不備と実行力の乏しさが深刻な課題となっており、今後はより積極的な「管理不全予防」の視点からの支援と、専門性の高い外部人材の関与が必要とされるでしょう。次節では、相模原市が用意する支援策と、それにどのようにマンション管理士が関与していけるかについて詳しく見ていきます。
5. 相模原市が用意する支援策と管理士の介入ポイント
相模原市は、全国的なマンションの高経年化と管理不全リスクの高まりを背景に、行政として積極的な支援策を講じています。これらの施策は、管理組合の自立を促しつつも、課題の深刻なマンションにはアウトリーチ型の支援も提供するなど、柔軟な構えが特徴です。
実態把握と情報支援
相模原市では、マンション管理適正化法に基づき、ストック実態の把握や管理不全リスクの兆候を察知する取り組みを強化しています。例えば、築40年を超えるマンションに対しては外観目視調査を実施し、劣化や清掃状況、外壁の状態などから管理の実態を見極めるようにしています。その結果に基づき、課題が認められた場合には詳細なヒアリングを行い、「要改善マンション」として重点的な対応が行われます。
また、市では「マンション管理組合登録・支援制度」を運用しており、登録組合に対しては次のような情報提供を実施しています。
- 定期発行される「マンション便り」による法改正や好事例の紹介
- テーマ別の管理組合交流会の開催
- マンション管理セミナーや講習会の提供
これらを通じて、管理組合の役員や構成員に対する知識普及が図られています。
専門家の派遣とアドバイス
相模原市では、相談対応に加えて、現地での助言を行う「アドバイザー派遣」制度を整備しています。相談窓口での内容に応じて、マンション管理士や建築士などを現地に派遣し、以下のような助言を行うという仕組みです。
- 管理規約の見直し
- 長期修繕計画の再構築
- 大規模修繕の進め方や見積り評価
- 管理委託契約の適正化
特に、管理不全の兆候があるマンションについては、アウトリーチ型支援と称して、市側から積極的に連絡・訪問を行い、マンション管理士の支援へとつなぐ手続きも用意されています。
管理士が活躍できる「介入ポイント」
上記のように、市による支援制度が充実する一方で、マンション管理士の専門知見が直接的に活かされる場面は数多いのが現状です。とりわけ、次のような場面では管理士の積極的な介入が期待されています。
- 管理不全の初期兆候を把握した後の改善提案
- 組合内の合意形成を促すファシリテーション
- 高齢化・担い手不足による運営停滞の打開策提案
- 法令や標準管理規約に基づく改正助言
これらの支援は、行政単体では難しい「現場密着型の知恵と技術」を提供できる点で、極めて重要な役割となります。
6. マンション管理士が果たすべき現場での役割
現在の相模原市のマンションを巡る状況は、管理の「質」を問われる時代へと移行しています。単なる形式的なルール整備ではなく、現場の実情に応じて実効性のある運営ができるか否かが問われており、そこにこそマンション管理士の真価があると言えます。
「課題解決型」支援への進化
これまでのマンション管理士の業務は、規約の整備やアドバイザーとしての助言が中心でした。しかし、今後必要とされるのは、課題を可視化し、住民とともに解決へ導く伴走者としての役割です。
たとえば、以下のような能力がより強く求められるようになってきます。
- 組合内の対立や無関心層を巻き込む合意形成の技術
- 予算や収支、長期修繕計画を読み解き、数値的裏付けのある助言
- 最新の法改正、標準管理規約改定への理解と現場適用のスキル
- 高齢化・空き住戸増加による特殊な事情への対応
「生活に近い専門家」としての信頼構築
特筆すべきは、管理士が専門家であると同時に、住民の生活に寄り添える存在であることの重要性です。単なる第三者として距離を置くのではなく、組合の一員として信頼を築く姿勢が、結果的に課題の根本的解決に大きく寄与します。
また、複雑化する法制度や補助制度を、わかりやすく住民に翻訳・提案できるスキルも求められます。技術と人間性のバランスが取れた「伴走型専門家」こそ、これからのマンション管理士の理想像といえるでしょう。
今後の相模原市では、支援制度と管理士の専門性が一体となり、管理不全化を防ぐ仕組みづくりが加速していく見通しです。管理士が果たすべき役割は、ますます現場に、そして住民に近い場所で求められることになるでしょう。
