東京都世田谷区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに

東京都世田谷区では、分譲マンションの高経年化が深刻な課題となりつつあります。かつて新たな住宅供給の一翼を担っていたこれらのマンションは、築30年、40年を超える物件も珍しくなくなり、老朽化に伴う設備や構造上の問題、管理不全のリスクが顕在化しています。こうした背景から、世田谷区は2024年に新たな「マンション施策の推進計画(以下、推進計画)」を策定しました。

この推進計画では、マンションを「住民の大切な資産」として維持しながら、地域との共生を図る必要性が示されています。加えて、マンション管理の担い手が不足する中で、管理組合だけでは解決できない課題が浮き彫りになっています。

この記事では、世田谷区におけるマンション管理の現状と課題を整理したうえで、マンション管理士が果たすべき役割を明確にします。特に、現場で求められる支援の在り方、制度的な支援との連携、そして課題解決型の関与の可能性について焦点を当てていきます。

市内分譲マンションの実態

世田谷区のマンションストック状況

世田谷区内には、2023年度時点で約12万戸の分譲マンションが存在しています。これは都内でも上位に位置する数であり、区の居住形態の中でも重要な割合を占めています。

  • 【戸数】約120,000戸
  • 【棟数】約8,000棟
  • 【築年数】築30年以上のマンションが全体の約55%
  • 【構造】RC造が大半を占め、次いでSRC造・一部がS造

とくに注目すべきは築年数の偏りです。築40年超のマンションは全体の約27%に達しており、建物の物理的老朽化に加え、管理体制の形骸化、住民構成の高齢化といった複合的な問題が絡んできます。

アンケートから見る管理組合の現状

世田谷区が実施したマンション管理実態調査(令和4年度)によれば、管理組合の活動状況にも大きなばらつきが見られました。特に、総会の開催頻度や管理規約の整備状況において課題が浮き彫りとなっています。

以下は主な調査結果の概要です。

  • 総会の定期開催率
    ・年1回以上:83.4%
    ・2年以上開催なし:7.1%
  • 管理規約の整備状況
    ・規約がある:85.2%
    ・昭和時代のまま:18.7%
    ・なし:5.6%
  • 管理者の選任状況
    ・組合員から選任:74.8%
    ・管理会社に委任:15.9%
    ・管理者不在:6.3%

この結果からもわかる通り、一定の管理機能は維持されているものの、10棟に1棟は総会すら定期開催できていない実態があり、特に小規模マンションでは役員のなり手不足が深刻です。また、古い管理規約が現在の法制度や居住実態に合っていないケースも目立ち、ルール不備によるトラブルのリスクも懸念されています。

このように、区内のマンション管理の実態は、一見維持されているようで、実際には支援が必要なマンションが相当数存在するという現実を浮かび上がらせています。

長期修繕計画と資金計画の実態

長期修繕計画の策定率

調査によれば、長期修繕計画を「策定している」と回答した管理組合は全体の78.1%でした。一見、高い水準に見えますが、その内容や運用状況に踏み込むと、以下のような問題が明らかになります。

  • 20年以上の計画期間を確保している割合:56.3%
  • 5年ごとの見直しを実施している割合:41.7%
  • 修繕項目が十分に網羅されていると評価された割合:32.9%

つまり、形式的には計画が存在していても、実効性に乏しいケースが少なくないのです。特に、建物の劣化状況や資材の価格変動に対応した柔軟な見直し体制が不十分であることが懸念されます。

修繕積立金の計画・運用の課題

さらに深刻なのが、修繕積立金の積立水準と運用のあり方です。以下はアンケートから見える代表的な数値です。

  • 修繕積立金の水準が「適正」と評価された割合:36.8%
  • 「不足している」と回答した割合:48.5%
  • 「今後不足が懸念される」と回答した割合:11.2%

このように、約6割の管理組合が修繕資金に不安を抱えている現状があり、その主因としては以下が挙げられます。

  • 過去の建築指導や売主による初期設定が低すぎた
  • 毎月の負担を増やすことへの合意形成が困難
  • 修繕周期の見直しと積立額の再検討がされていない

特に、小規模マンションや高齢化が進む物件では、修繕積立金の値上げ議論すら行われないまま資金不足が放置されている例もあります。これでは、外壁改修や設備交換といった必要な工事に対応できず、結果的に建物の価値を大きく損ねることにつながります。

顕在化する管理不全リスクと要支援マンション

活動停滞、管理不在組合の現状

令和4年度の区の調査によれば、管理組合の活動が著しく停滞している、あるいは管理者不在の状態にあるマンションが全体の約9%を占めていました。これらは「要支援マンション」として位置づけられ、区も早期の支援介入が必要だとしています。

管理不全の要因としては、以下のような事情が複合的に絡んでいます。

  • 役員の高齢化と後継者不足
  • 居住者間の関係性の希薄化
  • 賃貸化による居住者と所有者の分離
  • 法的手続きや専門知識への理解不足

また、管理不在のマンションでは、管理費の未収や工事発注の遅延、適正な会計処理の欠如なども発生しやすくなり、区の調査では「潜在的に危機的な状況」と評価されたマンションも20棟を超えていたとの報告があります。

このようなマンションが増加すれば、地域全体の防災対応や景観維持、さらには資産価値の維持にも悪影響を及ぼすおそれがあります。つまり、マンション単体の問題にとどまらず、地域全体の住環境に対する脅威となりうる問題として、社会全体で対応していく必要があるのです。

世田谷区が用意する支援策と管理士の介入ポイント

世田谷区では、マンションの高経年化や管理不全リスクの顕在化を受けて、行政による支援の整備が進められています。令和6年度に始まった「マンション施策の推進計画」では、区内のマンションの適正な管理と維持を支援するための新たな仕組みや相談体制が盛り込まれました。

具体的な支援策としては、以下のようなものが挙げられます。

  • マンション管理アドバイザー派遣制度
    一定の条件を満たすマンション管理組合に対し、区が専門家を派遣。主に、総会運営や管理規約の見直し、長期修繕計画の整備などについて助言を行います。
  • 管理適正化セミナー・勉強会の開催
    管理組合の役員や住民を対象とした学習機会を提供。管理に関する基本的な知識を広く共有し、合意形成の基盤を築きます。
  • マンション実態調査とデータベース化
    区が独自にマンションの管理状況や建物データを収集し、課題の早期把握と要支援物件の抽出を可能にします。

これらの制度において、マンション管理士の果たす役割は極めて大きいといえます。とくにアドバイザー派遣制度では、管理士の知見を生かした現場支援が求められており、区と管理士との連携が適正管理への第一歩となります。

区の支援には限界があります。管理士は、その空白を埋めるような形で、「専門家としての第三者的視点」をもって住民間の調整やアドバイスに介入できる点が強みです。また、区の支援制度を管理組合に紹介・橋渡しする役割も、現場で求められています。

マンション管理士が果たすべき現場での役割

今後、マンション管理士に求められる役割は、単なる書類作成や相談対応にとどまりません。現場でのファシリテーターとしての存在感、課題解決型の支援力がますます重要となります。

まず第一に、マンション管理士は、合意形成支援の専門家として、住民間の調整を円滑に進めることが期待されています。長期修繕工事や管理規約の変更など、大きな決定を要する場面では、利害の対立や情報格差が表面化しやすいため、中立的な立場から進行役となることで、停滞していた議論を前に進めることができます。

次に、マンションの「見えないリスク」を可視化する力も必要です。たとえば、修繕積立金の不足や建物の劣化診断結果に基づき、将来的に生じ得る問題点をシミュレーションし、住民に危機感と行動喚起を促すことが管理士に求められています。

さらに、最近では行政との連携や、他士業とのチーム対応も増えています。税理士や建築士、司法書士と連携しながら、複合的な課題に対応していく「多職種連携型の支援」が主流になりつつあります。こうした中で管理士は、全体を俯瞰してコーディネートする役割を担うことが求められています。

そして何より、今後必要とされるのは、「提案型」の姿勢です。問題点を指摘するだけでなく、「こうすれば解決できる」という選択肢とアクションプランを提示する力こそが、住民から信頼され、行動につなげる鍵となります。

管理士の活躍の場は、単なるアドバイザーではなく、「住まいの未来設計のパートナー」へと進化しています。世田谷区という都市部の多様なマンション群においては、住民のニーズも複雑化しており、柔軟な対応と粘り強い関与が不可欠です。今後、区と管理士が連携しながら、より持続可能なマンション管理の姿を模索していくことが期待されます。

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