東京都豊島区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに
豊島区において、分譲マンションの高経年化が大きな社会的課題として顕在化しています。かつて「持ち家の夢」を実現する手段として広く普及した分譲マンションですが、その多くが築30年を超え、建物・設備の老朽化、住民の高齢化、管理体制の脆弱化といった複合的な問題に直面しています。
こうした状況に対応するため、豊島区は2024年3月に「マンション管理適正化推進計画」を策定しました。これは区内のマンションにおける管理の質の確保・向上を目的とし、将来的なスラム化リスクの回避や、誰もが安心して暮らせる住環境の維持を目指すものです。
本記事では、この計画の背景にある豊島区のマンション管理の実態を明らかにするとともに、今後マンション管理士が果たすべき役割について整理していきます。とりわけ、「区が支援を必要とする」と判断した管理不全マンションに対して、どのように現場で関与し、課題を解決していくべきかが問われています。管理士は、単なるアドバイザーではなく、地域の住宅資産とコミュニティを守る担い手として、より実践的な関与が求められているのです。
市内分譲マンションの実態
豊島区のマンションストック状況
豊島区における分譲マンションのストックは、都内でも特に密集度が高く、区の居住形態の中核を担っています。令和4年度末時点での調査によれば、区内には分譲マンションが1,749棟・63,332戸存在しており、全住宅ストックにおける割合は非常に高いのが現状です。
特筆すべきはその築年数の分布です。
- 築30年以上のマンション:全体の約66%
- 築40年以上:約40%
- 築50年以上:約12%
このように、高経年マンションが区全体の大多数を占めており、適切な維持管理の有無が将来的な建物の価値や住環境に直結する状況となっています。また、建物構造の内訳としては、鉄筋コンクリート造(RC造)・鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)が主流であるものの、古い時代に建築された物件には耐震性能が不十分なものも多く含まれています。
アンケートから見る管理組合の現状
区が実施したアンケート調査からは、区内の管理組合の活動実態に関して重要なデータが得られています。特に、組合の機能性やガバナンス体制に関わる以下の項目は注目すべきです。
- 総会を毎年開催している管理組合の割合:86.5%
- 標準管理規約に準拠した規約を整備している割合:57.7%
- 管理者(理事長)を適切に選任している割合:78.8%
これらの数値からは、一見すると一定の管理体制が維持されているように見えますが、「実態として総会において十分な議論がなされていない」「名ばかりの理事会になっている」といった、形式上の活動と実質的な機能の乖離も指摘されています。
また、アンケートでは「管理規約を10年以上見直していない」とする回答が一定数存在しており、法改正や社会情勢の変化に対応できていない管理組合も多く存在することが浮き彫りとなっています。特に、区分所有者の高齢化や居住実態の変化(賃貸化の進行)に対応できていない事例も散見され、今後の管理の担い手確保に対する懸念が強まっています。
長期修繕計画と資金計画の実態
マンションの適正な維持管理を支える柱が「長期修繕計画」と「修繕積立金の確保」です。豊島区においては、マンションの高経年化が進む中で、これらの計画の実効性が問われる局面に差しかかっています。
長期修繕計画の策定率
豊島区が行った調査によると、区内の分譲マンションのうち長期修繕計画を策定している割合は全体の約73%です。この数値は全国平均(約81%)をやや下回っており、特に築年数が古いマンションほど策定率が低下する傾向があります。
- 築20年未満のマンションでは策定率が80%を超える一方、
- 築40年以上のマンションでは策定率は60%を下回っている。
これは、当初の計画作成後に更新されず放置されているケースや、管理組合自体が機能不全に陥っている例が多いためと考えられます。また、計画があっても現実的な資金裏付けが伴っていない場合、単なる「絵に描いた餅」に終わる可能性も高いのです。
修繕積立金の計画・運用の課題
修繕積立金については、適正な金額の確保が大きな課題となっており、アンケートでは、次のような実態が明らかになっています。
- 積立金が「将来不足する見込み」と回答した管理組合:54.6%
- 積立金の額を10年以上見直していない管理組合:32.2%
このような状況は、マンションの老朽化に伴って必要となる大規模修繕の時期と費用に対応できない危険性をはらんでいます。特に、高経年の小規模マンションでは、区分所有者の高齢化や所得の低下により、増額に対する合意形成が困難であるとの声も強いです。
さらに、管理会社任せで積立金の運用がブラックボックス化している事例も存在し、資金の使途に対する不信感や、合意形成の遅れが修繕の遅延を招く悪循環も見受けられています。
適正な修繕と資金計画の策定・運用には、長期的な視点と専門的なアドバイスが不可欠であり、まさにこの点でマンション管理士の関与が期待されています。
顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
長期修繕計画や資金面の問題が解決されないまま時間が経過すると、次に直面するのが「管理不全」の問題です。これは、マンションの共用部の劣化だけでなく、住民間のコミュニケーションやガバナンスの崩壊にまで波及する深刻な問題です。
活動停滞、管理不在組合の現状
豊島区の調査では、以下のような管理不全の兆候が確認されています。
- 理事会の開催が年1回未満:13.1%
- 総会が開かれていない、または開催時期が不明:5.7%
- 管理者(理事長)不在、または所在不明:4.3%
このような管理不全の状態に陥ったマンションは、区の分類では「要支援マンション」とされ、行政によるフォローアップが必要とされる対象です。
特に高経年マンションでは、役員のなり手不足、住民の高齢化、所有者と居住者の乖離(賃貸化の進行)といった要因が重なり、実質的に管理機能が停止しているケースが増加しています。こうした状況では、建物の物理的な劣化のみならず、周辺地域への悪影響(景観・治安の悪化)も懸念されるのです。
このような管理不全を早期に発見し、是正に導くためには、外部の第三者による客観的な視点と調整能力が不可欠であり、ここに管理士の専門性が活きます。区や管理会社だけではフォローしきれないマンションに対して、管理士が「入り口」として機能することが、今後ますます重要になるのです。
豊島区が用意する支援策と管理士の介入ポイント
マンションの管理不全リスクが高まる中、豊島区では、マンションの管理適正化を推進するための具体的な支援策を整備しています。「豊島区マンション管理適正化推進計画」に基づき、行政は区民の財産保全と地域コミュニティの維持を目的に、多角的な支援メニューを展開しています。
区による支援制度の内容
まず、区が提供している主な支援策は以下の通りです。
-
マンション管理セミナー・相談会の開催
区民向けに定期的なセミナーを開催し、基礎知識の普及や課題解決への意識喚起を図っています。マンション管理士などの専門家による無料相談も実施されており、住民自身が現状を把握し、主体的に動く契機となっています。 -
要支援マンションへの個別支援
区が把握している管理不全リスクのある「要支援マンション」には、専門家を派遣する形で個別支援が行われています。特に、総会や理事会の未開催、管理者不在といった深刻な状況に対しては、第三者管理者の導入や、管理士による体制再構築の助言が行われています。 -
管理計画認定制度の推進
国の制度に基づく「管理計画認定制度」への対応支援も区の大きな施策の一つです。これはマンションの管理状態が一定水準以上であることを行政が認定する制度で、認定を受けた管理組合は融資・助成などの支援を受けやすくなります。区では、認定取得のための事前診断や書類作成の支援を行い、実質的なハードルの引き下げに取り組んでいます。
管理士が介入すべきポイント
こうした支援制度を有効に活用するには、マンション管理士の積極的な関与が不可欠です。特に以下の点で、管理士の専門性と中立性が求められます。
-
管理組合への制度説明と申請支援
各種制度の存在やメリットを知らない管理組合は少なくありません。管理士は、区の支援策の詳細をわかりやすく説明し、申請書類の作成支援や手続きの伴走を担うことで、区と現場をつなぐ役割を果たしています。 -
内部対立の調整と合意形成の支援
管理不全のマンションでは、所有者間の利害が対立していたり、住民の無関心が深刻な問題となっています。そうした状況で第三者としての管理士が入ることで、対話の糸口をつくり、信頼回復を促す役割が期待されているのです。 -
持続可能な管理体制への導入設計
一時的な改善ではなく、将来的にも持続可能な管理体制の構築を図ることが、管理士に求められます。例えば、役員のなり手不足を見越して外部専門家の定期関与を制度化する、修繕計画の見直しサイクルを整えるといった提案が、長期的視点から有効です。
マンション管理士が果たすべき現場での役割
これまでの内容から明らかなように、マンション管理士は単なる「助言者」ではなく、現場での課題解決をリードする実務支援者としての役割がより強く求められます。特に豊島区のように高経年マンションが多数存在する地域では、次のような具体的な関与が必要です。
課題解決型の支援力がカギ
かつては「管理規約の見直し」や「大規模修繕の相談」といった限定的な支援が中心でしたが、現在では以下のような包括的かつ実践的な支援力が求められています。
-
多様な当事者との調整力
所有者・賃借人・管理会社・行政など、多様な関係者が交錯する中で、各立場の意見を調整し合意形成に導く能力。 -
問題の構造化と提案力
単なる現象の把握にとどまらず、問題の背景を構造的に分析し、複数の選択肢を提示できるスキル。特に資金計画と修繕計画の両立や、理事会の再構築には具体策が不可欠。 -
住民の意識醸成と巻き込み
管理の担い手を広げていくには、住民の理解と関与が必要。管理士は「住民に何ができるか」を伝え、当事者意識を喚起するコーディネーター的役割を担うことが重要。
マンションは「建物」であると同時に「人の共同体」でもあります。よって、技術的知識だけでなく、人と人をつなぐ力こそが、これからの管理士に求められる最も重要な資質でもあるでしょう。豊島区における実態を踏まえれば、管理士の現場での役割は、ますます重く、そしてやりがいのあるものとなっています。
