東京都江東区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1.はじめに
東京都江東区では、今後さらなる高経年マンションの増加が見込まれております。1981年以前に建築された旧耐震基準の分譲マンションや、築40年を超えるストックが増加する中、これらの建物をいかに維持・管理していくかが重要な課題となっております。
こうした状況を受けて、江東区では「マンション管理適正化推進計画」を策定し、区内のマンション管理の実態把握と管理組合への支援体制の強化に取り組んでおります。背景には、国土交通省によるマンション管理適正化法の改正や、「マンションの管理の適正化の推進に関する指針」の制定があり、自治体としても積極的な関与が求められるようになったことがあります。
この記事では、江東区における分譲マンションの現状と、そこで浮かび上がる課題、そして管理士に求められる役割を整理し、実践的な視点から今後の支援のあり方を提示してまいります。
2. 区内分譲マンションの実態
江東区のマンションストック状況
江東区内には、分譲マンションが約1,900棟・約106,000戸(2022年度時点)存在しており、東京都23区内でも有数のマンション集中エリアとなっております。建物構造はRC造・SRC造が大半を占めており、都心寄りの地域では高層マンションの割合も高くなっております。
築年数の分布に目を向けると、区内マンションのうち築30年以上が約33%、築20年〜30年が約29%と、築20年超のマンションが全体の約6割を占めております。これは今後、大規模修繕や建替えの検討が本格化してくる時期に差し掛かっていることを意味しております。
また、昭和50年代から平成初期にかけて建設された団地型マンションも多数存在し、エレベーターの未設置やバリアフリー化の遅れといった課題も併存しております。
アンケートから見る管理組合の現状
江東区が実施した管理組合向けアンケート調査(2022年度)によれば、管理組合の運営状況には一定の差が見られます。
- 管理者が選任されている割合:94.7%
- 管理規約を整備している組合の割合:83.2%
- 総会を年1回以上開催している割合:92.4%
上記のとおり、基本的な管理体制が整っている組合は比較的多い一方で、管理規約が旧式のまま改定されていなかったり、総会の議題が形式的に留まっているといった声も確認されています。
また、役員のなり手不足や、理事の高齢化、修繕計画に対する合意形成の困難さなど、区内全体で共通する課題が複層的に存在していることが明らかとなっています。
こうした現状を踏まえ、今後は区としての支援体制をより戦略的に構築するとともに、マンション管理士などの外部専門家の介入が求められる場面が増えることが予想されます。
3. 長期修繕計画と資金計画の実態
江東区内の分譲マンションでは、長期的な建物維持に向けた取り組みが進んでいる一方で、その実効性や資金面での課題も浮き彫りになっています。区の調査結果をもとに、その現状と問題点を整理します。
長期修繕計画の策定状況と見直しの実態
アンケート調査によると、長期修繕計画を「作成している」と回答した管理組合は85.1%に上り、多くのマンションが将来の修繕に備えた計画を立てていることがわかります。ただし、「作成していないが作成予定」とする組合は4.9%、「作成していない」が4.3%存在し、依然として備えのないマンションが一定数残っています。
さらに、計画を作成しているマンションにおける見直し状況を見ると、
- 「定期的に見直している」:63.8%
- 「定期的ではないが、見直している」:20.4%
- 「見直していない」:5.0%
と、見直しを実施している組合が8割を超える一方で、更新が滞っている事例も確認されます。長期修繕計画は一度作成すれば完了ではなく、物価変動や設備劣化の進行に応じた見直しが不可欠です。
修繕積立金の課題
修繕工事を実施するための資金計画にも注目すべき点があります。調査によれば、修繕積立金を「積み立てている」と回答したのは96.6%と高い割合を占めていますが、その積立方法には偏りが見られます。
- 「均等積立方式」:61.3%
- 「段階増額積立方式」:27.3%
- 「一時金方式」:0.6%
均等積立方式は毎月同額を拠出するため計画が立てやすい反面、将来的な工事費高騰への備えが十分とは限りません。一方、段階増額方式は初期負担が軽く始めやすいものの、後年に急激な負担増を招く懸念があり、合意形成に難しさを伴うケースもあります。
また、大規模修繕工事の実施状況では、「実施している」が77.4%、未実施だが「予定がある」が14.3%と、ほとんどのマンションが対応済みもしくは対応予定である一方で、実施時期が「計画より遅れている」とする回答が14.2%あり、計画と実施のギャップも無視できません。
4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
表面的には多くのマンションで管理組合が組織され、長期修繕計画も策定されているように見えますが、実際には管理不全の兆候が表れている物件も少なくありません。
管理組合の形式的な存在と実質的な機能低下
管理組合の設立率は99.4%と非常に高い水準ですが、活動実態を見ると、運営が形式化している事例が目立ちます。特に以下のような課題が報告されています。
- 居住者の高齢化:37.7%
- 役員等のなり手不足:36.8%
- 活動に無関心な組合員の増加:30.1%
これらの状況は、実質的に意思決定や修繕の実行が停滞している「管理実態の空洞化」を示しています。役員の担い手が減少すれば、修繕計画の見直しや積立金の増額提案など、住民間の合意形成が難しくなります。
要支援マンションへの対応の遅れ
区の調査では明示的に「要支援マンション」の定義はなされていないものの、次のような実態は早期の支援介入が必要とされる兆候です。
- 修繕計画が未策定、または見直しがなされていない
- 耐震診断を実施していない(55.8%)
- 管理者の担い手が不足している
- 建替えや敷地売却に関する議論が進んでいない(検討経験なし84.4%)
とりわけ、築年数の古い物件において耐震診断が未実施であることは、安全性への不安を大きくし、将来的に居住継続が困難になるリスクをはらんでいます。
このような状況下では、区による技術支援や専門家の継続的な関与が不可欠です。管理組合の内在的な努力のみでは限界があり、外部からの支援体制強化が求められています。
5. 江東区が用意する支援策と管理士の介入ポイント
江東区では、老朽化が進むマンションの管理不全や再生困難といった課題に対応するため、区独自の支援策を用意しており、その中でマンション管理士の関与が求められる局面が多く存在しています。
区の支援制度と技術的助言の提供
江東区は「マンション管理適正化推進計画」に基づき、管理組合や所有者に対して情報提供や技術的助言、専門家の派遣などの支援を行っています。具体的には、以下のような制度が整備されています。
- マンション管理組合向けの相談窓口
区役所住宅課では、管理規約の整備や修繕積立金の見直し、合意形成の進め方などについて相談を受け付けており、マンション管理士などの専門家によるアドバイスが提供されています。 - 専門家派遣制度
特定の課題を抱える管理組合に対して、区が負担する形でマンション管理士などを派遣し、現地調査や合意形成の支援を行う仕組みがあります。とくに築年数の古いマンションや、管理者不在の物件において活用が期待されています。 - セミナー・講習会の実施
管理組合役員や区分所有者向けに、適切なマンション管理や再生の進め方について学ぶ機会を提供しており、知識不足による管理不全の予防に寄与しています。
管理士が果たすべき介入のタイミング
これらの支援制度を活かすうえで、マンション管理士が果たすべき役割は「問題が深刻化する前の初期段階での介入」にあります。たとえば以下のような場面での関与が求められます。
- 総会が開催されているが議題が形骸化しているケース
- 修繕計画はあるが住民の理解が得られていないケース
- 高経年化に伴い、合意形成が進まなくなってきたケース
こうした状況では、住民目線での丁寧な説明や、合意形成のための第三者的な視点が重要となります。管理士が区の支援制度と連携しながら介入することで、「制度の活用→住民の意識変化→持続的管理への転換」という好循環を作ることが可能となります。
6. マンション管理士が果たすべき現場での役割
老朽化や住民の高齢化、無関心化が進む現代のマンション管理において、マンション管理士が担う役割はこれまで以上に重みを増しています。とくに、単なるアドバイザーにとどまらず、実務と住民の橋渡しを行う「現場の実務支援者」としての機能が求められています。
課題の発見と住民間の合意形成支援
管理士の第一の役割は、潜在化している課題の可視化です。たとえば、長期修繕計画が存在していても、実際の積立金が計画と乖離している場合や、築40年を超えるにもかかわらず耐震診断を実施していないといった状況は、外部からの指摘がなければそのまま放置されがちです。
また、住民間の温度差が大きいマンションでは、合意形成が最も大きなハードルになります。こうした場合においても、中立的立場からの説明や調整役としての管理士の関与が極めて有効です。
再生や建替え議論の端緒を作る
築年数が進んだマンションにおいては、耐震性や設備劣化の深刻化により、再生や建替えの選択肢が現実味を帯びてきます。しかし、江東区の実態調査によれば「建替え等の検討をしたことがない」とするマンションが84.4%に達しており、多くの組合が検討にすら至っていないのが現状です。
このような場合、管理士は調査・診断の必要性を伝えるとともに、将来像を複数の選択肢として提示し、住民の思考を「現状維持」から「未来志向」へと促す役割が期待されます。
「課題解決型支援力」の発揮が鍵
今後、マンション管理士に求められるのは、形式的な相談対応ではなく、現場に即した「課題解決型の支援力」です。そのためには、技術や法制度に関する知識に加えて、住民の信頼を得るための対話力やファシリテーション力も重要となります。
管理士の介入が早ければ早いほど、対応の選択肢は広がります。江東区の各支援制度と連携しながら、マンションごとの個別事情に即したアプローチを柔軟に展開することが、これからのマンション管理における最前線となるでしょう。
