埼玉県越谷市のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

1. はじめに
埼玉県越谷市では、分譲マンションの老朽化と管理体制の複雑化が進行しており、持続可能な住環境の確保に向けた対応が急務となっています。市が2023年度に実施したアンケート調査によれば、築30年以上が全体の約38%(うち築40年以上は18.5%)を占めており、管理や修繕の必要性が高まる段階にあるマンションが多数存在しています。
こうした背景を受けて、越谷市は2024年3月に「マンション管理適正化推進計画」を策定しました。この計画は、市内分譲マンションの適正な管理を支援し、将来にわたって安全・安心な住環境を維持していくことを目的としたものです。建物の維持保全だけでなく、管理組合の運営体制や合意形成の課題にも焦点が当てられており、複合的な視点からマンション管理の現状に切り込んでいます。
なかでも、管理組合の運営力や住民同士の協働が弱まっていること、修繕積立金の不足、管理規約の未整備といった課題が顕著に現れており、それらが将来的な「管理不全マンション」のリスクを高めているといえます。
このような状況を踏まえ、本記事では越谷市が公開している調査データおよび推進計画の内容をもとに、現状の課題を整理し、マンション管理士が果たすべき役割について具体的に考察していきます。専門家による支援がどのような場面で必要とされ、今後どのような連携が期待されるのかを明らかにします。
2. 市内分譲マンションの実態
越谷市のマンションストック状況
越谷市によれば、令和5年1月1日時点で、市内には281団地・332棟・23,383戸の分譲マンションが存在しています。これらのマンションを築年別に分類すると、以下のような傾向が見られます。
- 築30年以上40年未満:19.9%(56団地)
- 築40年以上50年未満:16.4%(46団地)
- 築50年以上:2.1%(6団地)
これらを合わせると、築30年以上のマンションは全体の38.4%(108団地)を占めており、市内の多くのマンションが長期的な維持・再生の検討段階に入っていることが分かります。
また、築年分布のグラフからは、おおむね1980年前後にかけて新規供給が多かったことがうかがえ、今後は築40年、50年を超えるマンションが年々増えていくと見込まれます。そのため、建物の維持管理だけでなく、資金計画や組合体制の見直しも含めた包括的な対策が求められる状況です。
アンケートから見る管理組合の現状
越谷市は、令和5年度に管理組合を対象としたアンケート調査を実施し、管理組合運営に関する実態を明らかにしました。
調査では、特に管理組合役員の「なり手不足」が大きな課題として浮上しています。
その背景として、以下のような要因が上位に挙げられました。(複数回答)
- 管理組合活動に無関心な区分所有者が多い:50.3%(73件)
- 居住者に高齢者が増え、体力的な理由から引き受けてくれない:50.3%(73件)
- 仕事の多さを理由に引き受けてくれない:28.3%(41件)
- 専門的知識を持った区分所有者がいない:22.1%(32件)
- 役員報酬がない(少ない):13.8%(20件)
- 賃貸率が高く、役員の対象になる居住者が少ない:8.3%(12件)
また、マンションの戸数が多くなるほど、管理組合活動に無関心な区分所有者の割合が高くなる傾向も確認されています。
これらの傾向から市は、区分所有者の意識の低下や高齢化、実質的な担い手不足が深刻化していると分析しており、管理不全の予兆として重視すべき段階にあるとしています。
今後は、外部の専門家による支援や相談体制の強化を通じて、管理組合の意思決定や役員体制の機能回復を促すことが求められます。
3. 長期修繕計画と資金計画の実態
長期修繕計画の策定と課題
「越谷市マンション管理適正化推進計画【概要版】」では、「長期修繕計画の見直しにあたり、第三者の専門家からの助言を求める声がある」と明記されています。これは、長期修繕計画が適切に策定・更新されていない、あるいは内容の精査に不安を抱える管理組合が少なくないことを示唆しています。
また、マンションの老朽化が進む一方で、「大規模修繕工事に係る費用の不足に対し、改定の手段が分からない」「合意形成が困難」といった理由から、適切な修繕積立が行われていないケースも指摘されています。
このような背景から、市は長期修繕計画の実効性確保と専門家の活用支援を今後の施策として重視しています。
修繕積立金に関する実態
計画内では「修繕積立金の不足」や「積立方法の不明確さ」について直接的な数値データは示されていませんが、管理計画認定制度における審査項目として以下のような水準が定められています。
- 長期修繕計画が7年以内に見直されていること
- 計画期間が30年以上で、2回以上の大規模修繕を含むこと
- 一時金徴収を予定しない構成になっていること
- 修繕積立金の平均額が著しく低額でないこと
つまり、制度としては将来的な資金不足を見越して、安定的な積立と現実的な費用見積を重視する方向で評価基準が整備されているのです。
現状の課題は、こうした基準に対する「準拠状況のばらつき」であり、とくに高経年化が進んだ団地や小規模物件において、制度基準を満たす修繕体制の構築が困難となっている点にあります。
4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
管理不全化の兆候と市の危機感
越谷市では、築40年以上を経過した団地が全体の18.5%(52団地)を占めており、今後の高経年化によって、建物の老朽化がさらに加速するとされています。これに伴い、市は管理不全化の予防的対応が急務であると明記しています。
また、市が抽出した60団地のうち、外壁に剥がれやひび割れなどの軽微な損傷が見られた団地は75.0%、鉄筋の露出や腐食が見られた例も3.3%確認されており、物理的な劣化も無視できない水準にあります。
これらのデータから、市は「現時点では重大な被害は確認されていないものの、今後の放置が重大な管理不全につながる恐れがある」と捉え、伴走型支援の必要性を強調しています。
要支援マンションへの支援体制
市の施策では、適正化法に基づく以下の支援体制を整備・推進しています。
- 管理不全のおそれがあるマンションに対して、市からの能動的な支援
- 改善が見られないマンションに対して、助言・指導・勧告を段階的に実施
- 状況に応じてフォローアップの体制を整備
さらに、マンション管理士や一級建築士といった外部専門家の派遣制度の活用も検討されており、管理組合の負担軽減と自立支援が一体で図られています。
今後は、これらの支援メニューを活用しつつ、市・専門家・管理組合が連携して、未然防止・早期対応の体制を強化していくことが求められます。
5. 越谷市が用意する支援策と管理士の介入ポイント
越谷市では、「マンションの管理状況を可視化する仕組み」と「管理不全の未然防止」に向けて、複数の支援策を用意しています。これらはすべて、「区分所有者の関心向上」「管理組合の自立支援」「外部専門家の活用」を柱に展開されています。
マンション登録制度と専門家派遣
市は「越谷市分譲マンション登録制度」を通じて、各管理組合の管理状況や建物の情報を把握し、それに応じた支援を行う体制を整えています。登録を行った管理組合は、マンション管理士をはじめとする専門家の派遣を受けられる制度の対象となり、管理規約の見直しや運営改善、修繕計画に関する助言を得ることができます。
派遣対象となる支援内容は以下のようなものです。
- 総会や理事会の運営方法に関する相談
- 管理規約や使用細則の点検・改正案作成支援
- 修繕積立金の妥当性評価や増額シミュレーション
- 管理計画認定制度取得に向けた準備支援
これらの支援を通じて、管理組合が自ら意思決定し、主体的に管理を継続できる体制づくりが狙いとされています。
市による情報提供・啓発施策
越谷市では、定期的にマンション管理に関するセミナーや情報提供を実施しています。とくに築年数が経過し、役員の担い手が見つからない組合や、修繕費用の見通しが立たない組合を対象に、早期段階からの学び直しと対話促進を図っています。
マンション管理士はこれらのセミナーに講師として関与するほか、参加者からの個別相談にも応じる立場にあり、市の施策と現場をつなぐハブ的存在として重要な役割を果たしています。
6. マンション管理士が果たすべき現場での役割
越谷市において、マンション管理士に求められる役割は「課題解決型」の支援力です。形式的な制度説明だけでなく、現場の実情に合わせて意思決定や運営の支援を行う、実務型支援者としての立場が明確になってきています。
以下では、越谷市の状況に即して、管理士に求められる主な4つの役割を紹介します。
組合運営の支援と合意形成のファシリテーション
越谷市では、「役員のなり手がいない」「理事会が機能していない」管理組合が一定数存在するとされています。このような状況では、総会や理事会の円滑な開催、意思決定の仕組みづくり自体が課題です。
管理士は、総会資料の作成支援、会議の進行補助、住民説明会の設計などを通じて、組合の意思決定を支援するファシリテーター役を担います。
修繕計画・資金運用のアドバイザー
長期修繕計画の見直しや、修繕積立金の妥当性評価において、管理士は重要なアドバイザーです。越谷市では、「改定の手段がわからない」「合意形成が困難」という声が寄せられており、第三者による診断・提案が有効な局面が多く存在します。
管理士は、計画内容の妥当性や改定方針を示し、必要に応じて段階的な積立増額シミュレーションの提示なども行います。
規約や制度への対応支援
管理規約が現行の標準規約と乖離していたり、実態に即していないケースも少なくありません。管理士は、標準規約との整合性を点検し、具体的な改正案を提示・文案作成まで支援する立場として機能します。
また、管理計画認定制度の取得に向けて、必要書類の準備や内容点検の助言を行う役割も求められています。
越谷市施策との橋渡し役
市が用意する支援制度(登録制度、専門家派遣、セミナーなど)を管理組合が適切に活用するためには、制度の内容や申請手順をわかりやすく伝える支援者が不可欠です。
管理士は、施策の利用促進と制度活用のハードルを下げる「案内役」としての機能も果たすことが期待されており、とくに支援の届きにくい小規模団地や高経年団地においては、制度導入のきっかけづくりを担う存在となります。
