東京都小平市のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに
東京都小平市では、他の多くの都市と同様に、分譲マンションの高経年化が進行しています。築年数の経過したマンションが増加し、それに伴う建物の老朽化や区分所有者の高齢化といった、いわゆる「二つの老い」が顕在化しつつあります。
このような状況を踏まえ、小平市は国や東京都の動きと連携し、「小平市マンション管理適正化推進計画」(令和6年度~令和12年度)を策定しました。この計画は、マンションの管理不全を予防し、適正な管理を促進することで、良好な住環境の維持と市民生活の安定向上を目指すものです。背景には、管理不全に陥ったマンションが周辺環境へ深刻な影響を及ぼすリスクへの懸念があり、行政として積極的に関与し、マンション管理の適正化を推進していく方針が示されています。
この記事では、小平市のマンションが直面する現状と課題を明らかにし、現場で活動するマンション管理士が、今後どのように専門知識を活かして支援や介入を行うべきかを考察します。小平市におけるマンション管理の適正化推進において、マンション管理士が地域社会の重要な担い手として活躍するための、実践的なヒントを提供することを目的としています。
市内分譲マンションの実態
小平市におけるマンション管理の現状をより深く理解するために、まずは市内のマンションストックの状況と、市が実施したアンケート調査から見えてくる管理組合の実態や課題について概観します。
小平市のマンションストック状況
小平市内には、令和4年度の調査時点で約217棟の分譲マンションが存在します。総戸数については、平成30年の住宅・土地統計調査によると約9,920戸となっており、市民の主要な居住形態の一つです。
築年数別に見ると、分譲マンションの供給は平成を中心とした時期にピークを迎え、特に平成12年(2000年)までに建築されたマンションが全体の約6割を占めています。具体的には、平成2年(1990年)以前に約2,500戸、平成3年(1991年)から平成12年(2000年)までに約3,200戸が供給されました。
このことは、今後10年、20年の間に、築40年を超える高経年マンションが急速に増加していくことを意味しており、計画的な維持管理や修繕、さらには再生の検討が重要性を増してきます。小平市もこの点を課題として認識しており、マンションの適正な管理を推進するための施策を進めています。
アンケートから見る管理組合の現状
小平市が令和4年度に実施した「分譲マンション管理状況等調査」では、市内全217棟を対象にアンケートが送付され、185棟(回収率約85%)から回答が得られました。この調査では、管理組合の運営状況(総会開催、管理規約の整備、管理者等の選任状況など)についても質問が設けられました。
詳細な統計数値の公表は限定的ですが、調査結果の分析によれば、現状で深刻な管理不全の兆候があるマンションは少数であるとされています。多くの管理組合が基本的な運営を行っている一方で、課題を抱えるケースも散見されます。
市の推進計画や国の基本方針では、年1回以上の総会開催、管理規約の整備と適切な見直し、管理者等の選任などが適正な管理組合運営の基礎として示されています。アンケート調査は、これらの項目が適切に実行されているかを確認し、必要に応じて助言や指導を行うための重要な情報源となっています。
アンケートからわかる課題
アンケート調査の結果からは、小平市のマンションが抱えるいくつかの具体的な課題が浮き彫りになっています。
最も大きな課題は、やはりマンションの「二つの老い」、すなわち建物の老朽化と居住者の高齢化です。市の調査でも、65歳以上の高齢者のみの世帯が一定数存在し、今後さらに居住者の高齢化が進行すると見込まれています。これは、管理組合活動の担い手不足や、修繕積立金の合意形成の難しさなどにつながる可能性があります。
また、特に小規模で高経年なマンションにおいて、管理不全の兆候が見受けられるとの指摘もあります。役員のなり手がいない、総会が開催されない、長期修繕計画が未策定であるといった状況は、将来的なスラム化リスクもはらんでいます。
さらに、比較的問題なく管理されているマンションであっても、共用部分のバリアフリー化の遅れ、**防災対策の未整備**(マニュアル作成や訓練実施の不徹底など)、**地域コミュニティとの連携不足**といった課題が認識されています。これらの課題解決には、専門的な知識を持つマンション管理士の積極的な関与と提案が期待されます。
長期修繕計画と資金計画の実態
マンションの資産価値を維持し、快適な居住環境を長期にわたって保つためには、計画的な修繕の実施とそのための資金計画が不可欠です。小平市の推進計画においても、これらの点は管理組合が取り組むべき重要な項目として位置づけられています。
長期修繕計画の策定率
長期修繕計画の策定状況については、市のアンケート調査項目にも含まれており、その作成と定期的な見直しは「管理計画認定制度」の基準の一つともなっています。市が公表した資料には、市内マンションにおける具体的な長期修繕計画の策定率は示されていませんが、国や東京都の指針に基づき、計画期間30年以上で、かつ大規模修繕工事が2回以上含まれる実効性のある計画の策定と、それに基づいた修繕積立金の集会での決議が求められています。マンション管理士としては、これらの基準を満たした計画の策定支援や見直しに関するアドバイスが期待される領域です。
修繕積立金の計画・運用の課題
修繕積立金の計画・運用に関しては、多くの管理組合にとって課題となりやすいポイントです。特に、築年数の経過とともに必要となる修繕費用は増大する傾向にあり、将来的な資金不足に陥らないよう、適切な金額を計画的に積み立てていく必要があります。小平市の推進計画の基礎となった調査でも、高経年マンションの増加が見込まれることから、この課題の重要性が示唆されています。 管理費とは明確に区分して経理を行うことや、長期修繕計画の見直しに合わせて積立金額の妥当性を検証し、必要に応じて見直す柔軟な対応も重要です。こうした資金計画の策定や見直し、区分所有者への説明と合意形成のプロセスにおいて、マンション管理士の専門的な知見が活かされます。
顕在化する管理不全リスクと要支援マンション
マンションの老朽化と居住者の高齢化という「二つの老い」が進行する中で、管理組合の機能低下や活動の停滞といった管理不全のリスクが懸念されます。管理不全は、建物の適切な維持管理が行われなくなるだけでなく、居住者の生活環境の悪化や、将来的には周辺地域への悪影響にもつながりかねません。
活動停滞、管理不在組合の現状
小平市が令和4年度に実施した調査では、「現状、管理不全の兆候があるマンションは少数でした」と報告されていますが、一方で「10年、20年後には、高経年マンションが急速に増加していくことが見込まれ」ており、将来的なリスクの増大が予測されます。特に、小規模で高経年なマンションにおいては、管理不全の兆候が見受けられるケースがあることも指摘されています。
活動が停滞している管理組合や、理事のなり手がいない、事実上の管理不在状態に陥っている組合では、総会が開催されない、修繕積立金が適切に徴収・管理されていない、必要な修繕が実施されないといった問題が生じがちです。これらは、マンション管理適正化法や東京都の条例が目指す「適正な管理」とは程遠い状態と言えます。
小平市は、こうした管理不全の予防・改善に向けた支援を検討しており、管理不全の兆候があるマンションに対しては、専門家を継続的に派遣するなどの支援策を検討するとしています。また、市が状況を把握したマンションについては、助言や指導を行う場合の基準も定めており、行政としての関与を強める姿勢を示しています。市は、管理不全の兆候のあるマンションへの対応策は今後研究していく方針です。 このような状況は、マンション管理士にとって、専門知識を活かして管理組合の運営再建をサポートしたり、外部管理者としての役割を担ったりする機会となり得ます。早期の段階で適切な支援を行うことで、管理不全の深刻化を防ぎ、マンションの再生へとつなげることが期待されます。
小平市が用意する支援策と管理士の介入ポイント
小平市は、「小平市マンション管理適正化推進計画」に基づき、マンション管理の適正化を積極的に推進するため、多様な支援策を展開しています。これらの施策は、マンション管理士にとって専門性を活かし、管理組合をサポートする絶好の機会となります。
市の中心的な取り組みの一つが、「管理計画認定制度」の適切な運用です。この制度は、一定の基準を満たす良好な管理状況にあるマンションを市が認定するもので、管理組合の意識向上や市場での適正評価を促すことを目的としています。マンション管理士は、管理規約の整備、長期修繕計画の策定・見直し、修繕積立金の適正な設定など、認定基準をクリアするための申請準備段階から具体的な助言や実行支援を行うことが期待されます。市も、制度について市報や市のホームページで周知し、職員の能力向上やノウハウの蓄積・継承を図るとしており、連携のポイントとなり得ます。市のマンション管理適正化指針は「東京におけるマンションの管理の適正化に関する指針」となります。
小平市は、マンション管理士や建築士、弁護士といった専門家の活用を明確に推奨しており、東京都が作成したマンション管理ガイドブック等により、アドバイザー派遣制度など、管理組合の運営において専門家を効果的に活用するよう促す方針です。特に、管理不全の兆候があるマンションに対しては、管理状況の改善に向けて専門家を継続的に派遣するなどの支援策を検討するとしており、これはマンション管理士が直接的に課題解決に関与できる重要な介入ポイントです。
都条例に基づく管理状況届出制度の適切な運用と普及啓発も市の重要な施策です。管理組合が円滑に届出を行えるよう、東京都設置の分譲マンション総合相談窓口を広く周知するとしています。また、届出を行っていないマンションに対しては、届出を促し、管理状況の把握に努めます。マンション管理士は、届出内容の理解や適切な情報整理を支援できます。さらに、市はマンション管理の重要性や管理情報の見方、管理計画認定制度、「マンションみらいネット」等、諸制度について、市民やマンション購入希望者への普及啓発を強化する方針です。
マンション管理士が果たすべき現場での役割
小平市におけるマンションの現状と行政の施策展開を踏まえると、マンション管理士に求められる役割は、従来の定型的な業務支援を超え、より積極的かつ包括的なものへと進化しています。
今後求められる「課題解決型」の支援力
今後ますます重要となるのは、「課題解決型」の支援力です。建物の老朽化と居住者の高齢化という「二つの老い」が進行し、マンションが抱える問題が複雑化する中で、マンション管理士には、個々のマンションの実情を的確に把握し、潜在的なリスクを予見して能動的に解決策を提案する姿勢が求められます。これには、老朽化への対応としての計画的な修繕提案、資金計画のコンサルティングはもちろんのこと、居住者の高齢化に伴う合意形成の難しさやコミュニティ形成の課題への対応も含まれます。マンションは私有財産であり、その管理や再生は管理組合が自らの責任と自助努力で行うことが基本ですが、価値観や経済状況等が異なる区分所有者等間の合意形成が必要な一方で、専門的知識が不足しているなどの課題があります。
価値観や経済状況が異なる区分所有者間の合意形成は、マンション管理における最大の難関の一つです。マンション管理士は、専門知識に基づいた客観的な情報提供と丁寧なコミュニケーションを通じて、円滑な意思決定をサポートする重要な役割を担います。特に、長期修繕計画の策定や見直し、大規模修繕工事の実施、さらには将来的なマンションの再生といった長期的な視点が必要な課題においては、その専門性が不可欠です。
小平市が進める管理計画認定制度や管理状況届出制度への対応は、管理組合にとって新たな取り組みとなります。マンション管理士は、これらの新制度の趣旨を正確に理解し、管理組合が円滑に対応できるよう支援することが重要です。また、市が実施する助言や指導、専門家派遣といった施策において、行政と連携し、その一翼を担う存在としての活躍が期待されます。小平市におけるマンション管理の適正化は、行政、管理組合、そしてマンション管理士をはじめとする専門家が三位一体となって取り組むべき課題です。マンション管理士がその専門性を最大限に発揮し、地域社会に貢献していくことが、これまで以上に求められています。
