東京都荒川区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに

東京都荒川区では、分譲マンションの高経年化が進行しています。昭和50年代からマンション建設が盛んになり、現在では多くのマンションが築年数を重ねています。全国的に見ても、マンションは重要な居住形態となっていますが、建物の老朽化や区分所有者の高齢化といった「二つの老い」が課題となっています。

こうした背景から、国はマンション管理適正化法を改正し、地方公共団体による管理適正化推進計画の策定や管理計画認定制度などを新たに設けました。これを受け、荒川区でもマンションの管理適正化を推進し、良好な居住環境を確保するため、「荒川区マンション管理適正化推進計画」を策定しました。

この計画は、マンション管理の適正化に向けた目標や施策を定め、管理組合による自主的な管理を支援することを目的としています。

この記事では、荒川区における分譲マンションの実態と課題を明らかにするとともに、現場で活動するマンション管理士が、今後どのように管理組合への支援や介入を行っていくべきかを考察します。マンション管理士として、地域における適正管理の担い手となるための実践的なヒントを提供することを目的としています。

市内分譲マンションの実態

荒川区のマンションストック状況

令和4年7月時点の登記情報データによると、荒川区内には713棟の区分所有建物が存在します。これは、分譲マンションが区の主要な居住形態の一つであることを示しています。

これらのマンションの築年数を見ると、旧耐震基準(昭和56年以前)で建設された可能性のある築40年以上の建物が120棟(約16.8%)存在します。特に昭和50年代から建設が盛んになったマンションが多く、今後、高経年化が一層進むことが予想されます。

建物の階数別では、「10階以上14階以下」が44.7%と最も多く、次いで「6階以上9階以下」が33.8%となっています。南千住地区などでは20階以上の高層マンションも見られます。

構造別では、RC造(鉄筋コンクリート造)が65.5%、SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)が31.1%と大半を占めています。

総戸数を見ると、「20戸~29戸」が19.4%、「30戸~39戸」が18.6%と比較的小・中規模のマンションが多い一方で、200戸以上の大規模マンションも存在します。

アンケートから見る管理組合の現状

令和4年度に荒川区が実施した分譲マンション実態調査(有効回答数247件)によると、管理組合の現状と課題が見えてきます。

管理組合の設置状況については、96.8%のマンションに管理組合が設置されています。また、管理規約については、95.5%のマンションで定められています

総会の開催状況については、89.5%が「年に1回」開催しており、ほとんどの管理組合で定期的な総会が開催されています。しかし、総会への区分所有者の出席率は課題があり、「2割未満」が35.6%、「2~4割程度」が37.7%と、出席率が4割以下のマンションが7割を超えています。これは、管理組合活動への関心の低さを示唆しています。

管理者等の選任状況については、管理規約で定めているマンションのうち、「理事長(代表理事)」を選任しているのは71.7%です。

アンケートからわかる課題

アンケート結果からは、マンション管理における様々な課題が浮き彫りになっています。

管理組合の運営上の問題点としては、「特に問題があると考えていない」が36.0%である一方、「管理組合の役員のなり手がいない」(24.7%)、「管理への関心が低く非協力的な居住者が多い」(21.5%)といった回答が多く挙がっています。役員の高齢化や多忙さ、知識・経験不足も指摘されており、管理組合活動の担い手不足や活動停滞への懸念がうかがえます。

また、居住者間のトラブルとしては、「ごみ出し・分別収集」(51.0%)、「騒音、振動、臭い等」(46.2%)が多く報告されています。

これらの状況から、荒川区の分譲マンションにおいては、建物の高経年化対策に加え、管理組合の運営活性化やコミュニティ形成支援が重要な課題となっていると言えます。

長期修繕計画と資金計画の実態

マンションの資産価値を維持し、快適な居住環境を長期にわたって保つためには、計画的な修繕の実施と、それを支える適切な資金計画が不可欠です。

長期修繕計画の策定率

令和4年度の荒川区の調査によると、長期修繕計画を「作成している」と回答した管理組合は80.2%にのぼります。また、「作成中・作成予定あり」を含めると、85.9%の管理組合が長期修繕計画の必要性を認識し、準備を進めていることがわかります。

しかし、8.9%の管理組合は「作成していない」と回答しており、その主な理由としては「竣工当初から作成していない」(63.6%)が最も多く挙げられました。特に高経年かつ小規模なマンションの一部で、計画が作成されていない、あるいは見直しが行われていない状況が見られます。

長期修繕計画がなければ、いざ修繕が必要となった際に資金不足に陥り、建物の劣化を放置せざるを得なくなるリスクがあります。

修繕積立金の計画・運用の課題

マンションの維持管理において、長期修繕計画と並んで重要なのが修繕積立金です。アンケート調査結果からは、修繕積立金の計画・運用におけるいくつかの課題が見えてきます。

まず、積立金の額についてです。月額の戸あたり修繕積立金は、「10,000円~14,999円」が27.1%と最も多いものの、「5,000円未満」(12.1%)や「5,000円~9,999円」(22.7%)といった比較的低い金額帯のマンションも多く存在します。

次に、積立金の適正性についてです。「修繕積立金の額に問題はないか」という問いに対し、「不足している」と回答した管理組合が27.9%にのぼりました。積立金が不足している管理組合のうち、59.4%が「値上げを予定している」と回答していますが、残りの約4割は具体的な対策が未定の状態です。

さらに、滞納の問題も見過ごせません。管理費・修繕積立金を滞納している住戸が「ある」と回答した管理組合は30.8%にのぼります。滞納は管理組合の財政を圧迫し、計画的な修繕の実施を妨げる要因となり得ます。

加えて、将来的な資金計画についても懸念があります。「将来の一時的な修繕積立金の徴収」を予定している管理組合は5.3%、「借入金の計画がある、または借入金残高がある」管理組合は12.1%存在します。これらは、現行の積立金だけでは将来の修繕費用を賄えない可能性があることを示しています。

これらの状況を踏まえると、多くのマンションで修繕積立金の計画的な積立てや適切な金額設定に課題を抱えていることがわかります。マンション管理士としては、管理組合に対し、長期修繕計画に基づいた適正な修繕積立金額の設定や、滞納対策、将来の資金計画に関する助言・支援を行うことが求められます。

顕在化する管理不全リスクと要支援マンション

マンションの管理不全は、建物の老朽化だけでなく、管理組合の活動停滞や機能不全によって引き起こされます。荒川区の調査結果からも、管理不全に陥るリスクを抱えるマンションの存在がうかがえます。

活動停滞、管理不在組合の現状

管理組合活動の停滞を示す兆候の一つが、総会への低い出席率です。前述の通り、出席率が4割に満たないマンションが7割を超える状況は、区分所有者の管理への関心の低さや、合意形成の難しさを示唆しています。

また、役員のなり手不足も深刻な問題です。「役員のなり手がいない」ことが管理運営上の問題点として多く挙げられており(24.7%)、「役員を辞退する人がよくいる・まれにいる」と回答した管理組合は合わせて6割を超えます。役員の高齢化や負担増により、理事会運営が困難になっているケースも考えられます。

さらに深刻なのは、管理組合が存在しない、あるいは実質的に機能していないケースです。アンケート調査では、管理組合が「ない」と回答したマンションが2.0%存在しました。このようなマンションでは、日常的な管理や計画的な修繕が行われず、建物の劣化が急速に進む危険性があります。

管理費や修繕積立金が適切に徴収・管理されていない、長期修繕計画が策定されていないといった状況も、管理不全のリスクを高めます。特に、築年数が古く、規模の小さいマンションでは、資金不足や担い手不足から管理が行き届かず、支援が必要となるケースが多いと考えられます。

これらの活動が停滞している、あるいは管理者が不在となっている管理組合は、建物の老朽化、居住環境の悪化、資産価値の低下といった問題を引き起こすだけでなく、最悪の場合、周辺地域へ安全・衛生上の悪影響を及ぼす可能性も否定できません。

マンション管理士には、こうした管理不全のリスクを早期に発見し、管理組合の運営支援や再生に向けた専門的なサポートを提供することが、今後ますます重要になってきます。

荒川区が用意する支援策と管理士の介入ポイント

荒川区では、マンション管理の適正化を推進するため、様々な支援策を用意しています。マンション管理士は、これらの支援策を理解し、管理組合が抱える課題に応じて適切な支援メニューへと繋げる「橋渡し役」としての役割が期待されます。

荒川区の主な支援策

荒川区が提供する主な支援策は以下の通りです。これらは、管理組合が直面する様々な課題に対応するためのものです。

  • 財政的支援:
    • 耐震化支援: 耐震診断、耐震補強設計、耐震補強工事に対する費用の一部補助。
    • 建替え等支援: 老朽マンションの建替えや、複数敷地の共同化による共同住宅建設に対する助成。
    • 防災対策支援: 災害時地域貢献建築物の認定を受けたマンションに対する防災資機材購入費用の助成や、防犯カメラ設置補助など。
  • 情報提供・相談体制:
    • 分譲マンションセミナーの開催: 管理組合運営、建物維持管理、法律など、マンション管理に関する基本的な知識習得や情報交換の場を提供。
    • マンション管理相談事業: マンション管理士や一級建築士による専門的な相談窓口。維持管理や運営に関する具体的な悩みに対しアドバイスを提供。
    • マンション管理ガイドブック等の配布: 東京都が発行するガイドブックや関連資料を通じ、適正管理に必要な情報を提供。
  • 専門家派遣:
    • 東京都の各種アドバイザー制度: 都と連携し、マンション管理士や建築士等が直接訪問してアドバイスを行う制度の活用を推進。
  • 管理の質向上:
    • 管理計画認定制度: 一定の基準を満たす管理計画を持つマンションを区が認定する制度。管理水準の向上と市場での評価向上を目的とします。
    • 助言・指導・勧告: 管理不全の兆候が見られる管理組合に対し、必要に応じて助言や指導、勧告を実施。

マンション管理士の介入ポイント

これらの支援策は、マンション管理士にとって管理組合への提案機会となります。

例えば、旧耐震基準のマンションや、長期修繕計画・資金計画に問題を抱えるマンションに対しては、耐震化支援や相談事業、セミナー参加を提案できます。役員のなり手不足や運営停滞に悩む管理組合には、管理計画認定制度の取得支援を通じて運営体制の見直しを促したり、専門家派遣制度の活用を提案したりすることが考えられます。

また、防災意識の向上が課題となっているマンションには、防災マニュアル作成支援や関連する助成制度を紹介し、具体的な対策の実施をサポートできます。

重要なのは、各マンションの状況や課題を的確に把握し、区の支援策と結びつけて具体的な解決策を提示することです。これにより、管理組合の自主的な取り組みを促し、管理の適正化・質の向上に貢献することができます。

マンション管理士が果たすべき現場での役割

マンションを取り巻く環境が変化し、課題が複雑化する中で、マンション管理士に求められる役割も変化しています。従来型の管理事務のサポートに加え、今後は管理組合が抱える多様な課題に積極的に対応する「課題解決型」の支援力がますます重要になります。

今後求められる「課題解決型」の支援力

高経年化、区分所有者の高齢化・価値観の多様化、資金不足、なり手不足、コミュニティ希薄化、防災・防犯対策の強化など、現代のマンションが抱える課題は多岐にわたります。これらの課題に対し、マンション管理士は単に助言を行うだけでなく、具体的な解決策を提示し、合意形成をサポートし、実行まで導く能力が求められます。

具体的には、以下のような支援力が期待されます。

  1. 専門知識に基づく的確な現状分析と課題特定: 建物の劣化状況、管理組合の運営状況、財務状況などを専門的な視点から分析し、潜在的なリスクも含めて課題を明確化する能力。
  2. 多様な解決策の提示と合意形成支援: 長期修繕計画の見直し、修繕積立金の値上げ、管理規約の改正、外部専門家の活用、区の支援制度の活用など、課題に応じた複数の選択肢を提示し、それぞれのメリット・デメリットを説明。区分所有者間の意見調整や合意形成プロセスを円滑に進めるファシリテーション能力。
  3. 関係者との連携・調整能力: 修繕業者、設計コンサルタント、弁護士などの専門家や、荒川区の担当部署、地域コミュニティ(町会・自治会)など、課題解決に必要な関係者と連携し、円滑なコミュニケーションを図りながらプロジェクトを推進する能力。
  4. 管理不全への予防と早期対応: 管理状況のモニタリングを通じて管理不全の兆候を早期に察知し、管理計画認定制度の活用提案や、必要に応じた区への相談など、深刻化する前に対策を講じる予防的な視点。
  5. コミュニティ形成・防災力向上の支援: 居住者間のコミュニケーション活性化や、防災訓練の企画・実施支援など、マンションの「ソフト面」の価値向上に貢献する視点。

マンション管理士は、これらの「課題解決型」支援力を発揮することで、管理組合の自主的な管理運営能力を高め、マンションの資産価値維持と良好な居住環境の確保に貢献することができます。荒川区が推進するマンション管理適正化の取り組みにおいても、マンション管理士は行政と管理組合をつなぎ、現場の最前線で適正化を推進する重要な役割を担っています。

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