東京都板橋区のマンション管理実態と管理士が果たすべき役割〜現状・課題・適正化への道筋〜

はじめに

東京都板橋区では、多くの分譲マンションが重要な居住形態として定着していますが、同時に建物の高経年化が進展しています。 昭和56年以前に建設された、いわゆる旧耐震基準のマンションも少なくなく、計画的な維持管理や修繕、さらには将来的な建替えなども視野に入れた対策が急務となっています。

このような状況を受け、国や自治体はマンション管理の適正化を重要課題と位置づけ、様々な施策を打ち出しています。板橋区においても、「板橋区マンション管理適正化指針」 を定め、管理組合による主体的な管理運営の促進、管理不全の未然防止、そして良質な住環境の確保を目指しています。

しかし、区内のマンションは、その規模、形態、管理方式において多様性が増しており、従来の画一的な管理手法だけでは対応が難しくなってきている実情もあります。

この記事では、板橋区における分譲マンションの管理実態と課題を明らかにし、現場で活動するマンション管理士の皆様が、今後どのように管理組合への支援や介入を行っていくべきかを考察します。

区内分譲マンションの実態

板橋区のマンションストック状況

板橋区内には、マンション条例の届出対象となる分譲マンションが 1,771棟 (約82,000戸) 存在すると推計されています。

これらのマンションストックには、以下のような特徴が見られます。

  • 戸数規模: 10戸未満 (949棟、28.7%)、10~29戸 (1,048棟、31.7%) を合わせると、30戸未満の小・中規模マンションが全体の約6割を占めています。
  • 階数: 3階以下の低層マンションが約3割 (989棟、29.9%) を占める一方、10階以上の高層マンションも13.1% (434棟) 存在し、中層の建物が多い傾向にあります。
  • 建築時期: 1970年代から1980年代にかけて建設されたマンションが多くストックされています。特に1981年以前に建てられた旧耐震基準のマンションも相当数存在します。一方で、2000年代以降にもコンスタントに供給が続いています。
  • 建物構造: 一般的な鉄筋コンクリート造の分譲マンションに加え、現地調査では「小規模集合住宅タイプ」「庭先アパートタイプ」「用途複合(ゲタバキマンション)タイプ」「長屋(テラスハウス)タイプ」など、多様な形態の区分所有建物が確認されています。これらの中には、マンションとしての管理実態が標準的でないものも含まれます。

このように、板橋区のマンションは、規模、階数、築年数、形態において非常に多様であることがわかります。

アンケートから見る管理組合の現状と課題

区が実施した実態調査(アンケート)からは、管理組合運営の現状と課題の一端がうかがえます。

管理規約の整備状況や総会の開催状況について、特に小規模なマンションや築年数の古いマンションにおいて、管理組合が存在しない、あるいは管理者が選任されていないケースも散見されます。

また、管理組合役員のなり手不足や高齢化も課題として挙げられています。特に1970年以前築のマンションでは、役員の高齢化率が高く、役員辞退者が出るケースも見られます。役員の選任方法としては、輪番制が多く採用されていますが、特に1990年代以降にその傾向が強まっています。

アンケートからは、以下のような具体的な課題が浮かび上がっています。

  • 旧耐震基準マンションの耐震性への不安: 1980年以前築のマンションでは、耐震性への不安を感じている割合が高い。
  • 図書(設計図書・検査済証など)の保管不備: 特に古いマンションで、重要な図書が保管されていないケースが多い。
  • 管理費・修繕積立金設定の根拠の曖昧さ: 長期修繕計画に基づかずに積立金が設定されている場合がある。
  • 小規模マンション等での管理体制の脆弱さ: 管理組合の未設立、管理者の不在など。
  • 多様なマンションタイプへの対応: 標準的な管理手法が適用しにくいマンションへの対応。

これらの実態を踏まえ、マンション管理士には、個々のマンションの状況に応じた、きめ細やかなサポートが求められています。

3. 長期修繕計画と資金計画の実態

マンションの資産価値を維持し、快適な居住環境を長期にわたって確保するためには、計画的な修繕の実施と、それを裏付ける安定した資金計画が不可欠です。しかし、板橋区内のマンションにおいては、これらに課題を抱えるケースが見られます。

長期修繕計画の策定率

長期修繕計画は、将来必要となる大規模修繕工事の内容や時期、概算費用などをまとめたもので、マンション管理の根幹をなすものです。

板橋区の調査によれば、築年数が新しいマンションほど策定率は高まる傾向にあります。

  • 1971年~1980年築: 作成済み 55.9%、未作成 26.3%
  • 1991年~2000年築: 作成済み 81.0%
  • 2001年~2010年築: 作成済み 85.7%
  • 2011年以降築: 作成済み 86.5%

しかし、全体として見ると、特に1980年以前に建築されたマンションでは、約4割が未作成または不明という状況であり、計画的な修繕への備えが十分でない可能性があります。

また、マンションの規模別に見ると、10戸~29戸の中規模マンションにおいては、長期修繕計画の作成率が約6割に留まっており、小規模・中規模マンションにおける計画策定の推進が課題となっています。

計画が策定されていても、定期的な見直しが行われていないケースも散見されます。建物の劣化状況や技術の進歩、社会情勢の変化などを踏まえ、計画を定期的に見直し、実効性を高めていくことが重要です。

修繕積立金の計画・運用の課題

長期修繕計画と並んで重要なのが、修繕に必要な費用を計画的に積み立てる修繕積立金です。

調査からは、修繕積立金の額の算定根拠に課題がある状況がうかがえます。特に1971年~1980年築のマンションでは、長期修繕計画に基づいて積立金額を定めているのは35.5%に過ぎず、「管理費の一定割合」「分譲時のまま」「特に根拠なし」といった回答も少なくありません。

これは、将来的な修繕費用の不足を招くリスクをはらんでいます。長期修繕計画に基づいた、適切な積立金額の設定が急務です。

また、築年数が新しいマンション(2011年以降築)では、現時点での修繕積立金の㎡あたり平均額が他の年代に比べて最も低いというデータもあります。将来の大規模修繕に備え、段階的な積立金の増額なども視野に入れた、長期的な資金計画の検討が必要です。

マンション管理士としては、管理組合に対し、長期修繕計画の重要性を改めて説明し、計画策定・見直しのサポートや、計画に基づいた適切な修繕積立金の設定・見直しを提案していくことが求められます。

4. 顕在化する管理不全リスクと要支援マンション

計画的な修繕や資金計画の課題は、マンションの管理不全リスクに直結します。板橋区内においても、管理組合の活動が停滞したり、管理者不在の状態に陥ったりするケースが懸念されています。

活動停滞、管理不在組合の現状

特に、10戸未満の小規模マンションにおいては、管理組合が存在しないケースが7割以上管理者が選任されていないケースが約3割にのぼるという調査結果があり、管理体制そのものが確立されていない状況がうかがえます。

また、自主管理を行っているマンションにおいても、役員の高齢化担い手不足により、管理組合活動が停滞し、事実上の管理不在状態に陥るリスクが指摘されています。清掃や小修繕といった日常管理が行き届かなくなり、建物の劣化が進行するだけでなく、防犯・防災面での不安も増大します。

このようなマンションは「要支援マンション」として、行政や専門家による積極的な関与が必要となります。管理組合の活動状況が外部から見えにくい自主管理マンションや小規模マンションに対しては、まず管理状況の把握を進め、管理組合の設立支援運営のサポートを行うことが重要です。

マンション管理士には、管理不全のリスクを抱えるマンションを早期に発見し、管理組合の立ち上げや再生に向けたコンサルティング、外部管理者(第三者管理方式)の導入支援など、より踏み込んだサポートを提供することが期待されています。管理不全は、個々のマンションの問題に留まらず、周辺地域への影響も懸念されるため、地域全体でマンションの適正管理を支えていくという視点が不可欠です。

5. 板橋区が用意する支援策と管理士の介入ポイント

マンション管理の適正化を推進するため、板橋区では、管理組合への情報提供や相談体制の整備、専門家派遣など、様々な支援策の展開を検討・実施しています。これらは、現場で活動するマンション管理士にとって、管理組合をサポートするための重要な資源となります。

区の支援策としては、以下のようなものが考えられます。(具体的な制度内容や利用条件については、最新の区の情報を確認する必要があります)

  • マンション管理状況届出制度: 条例に基づき、マンションの管理状況の届出を促し、個々のマンションの実態把握と、それに応じた情報提供や助言を行います。
  • 専門家派遣制度: 管理組合運営、長期修繕計画、規約改正など、専門的な知識が必要な課題に対し、マンション管理士などの専門家を派遣する制度です。特に、自主管理マンション運営に課題を抱える管理組合にとって有効な支援策です。
  • 相談窓口・セミナーの開催: 管理組合役員や区分所有者向けに、マンション管理に関する相談窓口を設けたり、セミナーや交流会を開催したりすることで、知識の向上や情報交換の機会を提供します。
  • 情報提供: 区のウェブサイトや広報物を通じて、マンション管理に役立つ情報(法改正、補助金制度、ガイドライン等)を発信します。

これらの支援策を効果的に活用するため、マンション管理士には以下の介入ポイントが考えられます。

  • 管理組合への情報提供: 区の支援制度について、顧問先の管理組合や相談を受けた管理組合へ積極的に情報提供し、活用を促します。
  • ニーズに応じた制度利用の提案: 管理組合が抱える課題(例:役員のなり手不足、長期修繕計画の未作成、コミュニティ形成の悩みなど)を的確に把握し、最適な支援制度の利用を具体的に提案します。例えば、運営が行き詰まっている組合には専門家派遣を、情報不足の組合にはセミナー参加を勧めるといった形です。
  • 申請等のサポート: 必要に応じて、支援制度利用のための申請手続きなどをサポートします。
  • 区との連携: 管理組合の状況やニーズを行政に伝え、支援策の改善や新たな施策の創設に向けた働きかけを行うことも、地域全体の管理水準向上に貢献します。

マンション管理士が区の支援策のハブ(結節点)となることで、管理組合はより適切なサポートを受けやすくなり、管理の適正化が促進されます。

6. マンション管理士が果たすべき現場での役割

板橋区におけるマンションの高経年化、居住者の高齢化、そして管理形態の多様化といった状況を踏まえると、今後のマンション管理士には、従来の定型的なアドバイスや事務サポートに留まらない、より高度で実践的な役割が求められます。

今後求められる「課題解決型」の支援力

これからのマンション管理士に特に求められるのは、「課題解決型」の支援力です。これは、マンションが抱える個別の課題を的確に見抜き、その解決に向けて主体的に働きかけ、具体的な道筋を示す能力を指します。

具体的には、以下のような能力や視点が重要になります。

  • 潜在リスクの早期発見と予防提案: 管理費等の滞納、役員のなり手不足、修繕積立金の不足、建物の劣化状況などを早期に察知し、管理不全に陥る前に具体的な対策(例:督促方法の見直し、役員選任方法の工夫、積立金増額の提案、早期の修繕計画策定)を提案する。
  • 多様なマンションへの適応力: 小規模、旧耐震、複合用途、自主管理、投資型など、マンションの特性に応じた最適な管理運営方法を提案・支援する。画一的な対応ではなく、オーダーメイドの解決策を提示する能力が求められます。
  • 合意形成の促進: 区分所有者間の意見が対立しやすい問題(例:大規模修繕の実施、管理規約の改正、ペット飼育ルールの設定、積立金の値上げなど)において、客観的なデータや専門知識に基づき、粘り強く説明を行い、合意形成を円滑に進めるためのファシリテーション能力。
  • 外部資源との連携: 区の支援制度はもちろん、弁護士、建築士、施工会社、地域包括支援センター、NPOなど、課題解決に必要な外部の専門家や機関と連携し、管理組合を適切に繋ぐコーディネート能力。
  • コミュニティ形成の支援: 防災訓練の企画・運営サポート、高齢者の見守り活動への協力提案、ITツールを活用した情報共有の仕組みづくりなど、良好なコミュニティ形成を支援し、住みやすい環境づくりに貢献する視点。
  • 将来を見据えた提案: 建物の維持管理だけでなく、将来的な建替えや敷地売却なども視野に入れ、長期的な視点での助言を行う。

マンション管理士は、単なるアドバイザーではなく、管理組合と伴走し、課題解決に向けて共に汗を流すパートナーとしての役割を担うことが期待されています。板橋区のマンションストックの価値を守り、向上させていくために、マンション管理士一人ひとりの「課題解決型」の支援力が、今後ますます重要になっていくでしょう。

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